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 それからの数日間は、とても有意義なものだった。真由子は僕に周辺でおすすめのスポットを教えてくれて、いくつかの場所に一緒に行くことができた。高台にある小さな灯台、崖の近くにある神社、小規模なひまわり畑。どれも絶景とまではいかないが、この土地の風情を感じさせる場所ばかりで、見て回るのはとても楽しかった。


 僕は真由子に惹かれていた。だからなのか、唯のことを考える時間を取ることはなかった。自分の中で、せめてこの宿に泊まっている間だけ、と言い訳がましく言い聞かせていた。唯には、旅先で充電器が壊れたと言い残しそれから携帯の電源を切っている。あちらとしたら不自然に感じるかもしれないが、唯が帰ってくるのはまだだいぶ先のことだ。そのころにはこの時のことなんて忘れているだろうと、高を括っていた。



 もう明日には帰らなければならないのか、とこの1週間のことを思い返していたころ、突然部屋の戸を叩く音がした。真由子だろうか、僕が明日帰ることはもう伝えてあるし、彼女はあと数日ここに泊まる予定らしいから明日は駅のほうまで見送ると言われていた。だが、最後の夜だし僕も話がしたかった、少し胸を躍らせながら戸を開けると、そこには真由子はいなかった。



「よう」


 いつにも増して仏頂面の健二がそこにはいた。健二とは3日間ほど会っていなかった。序盤はちょくちょく宿に遊びに来ていたが、後半はほぼ顔を出さなくなっていた。おそらく仕事が忙しいんだろうと推測し、しょうがないと思っていた。なので、久々に健二の顔を見て僕は顔をほころばせた。


「どうしたの」


「明日帰るんだってな、ちょっと話さないか」


 健二は僕に外へ出るようジェスチャーした。もちろん僕はそれにうなずき、健二の後についていった。



 海風が心地よく吹く砂浜に立ち、暗闇の中の波の音を聞く。なんだか、哀しげな音を立てているように聞こえる。

 健二はロビーではなく、宿の外へと僕を連れ出した。まだ深夜というわけではないが、外はもう真っ暗である。別にロビーでいいのに、と思いながら僕は健二からの言葉を待った。呼ばれたわけだし、こちらからはなんだか話しかけにくい。健二はかれこれ数分黙ったまま海のほうを向いている。そしてふと、僕のほうを振り向いて、いつもの健二とは思えない低く重い声で問いかけてきた。


「お前、真由子さんのこと、好きなのか」


 唐突な質問をしてくる彼に、戸惑いを隠せなかった。話は真由子のことだったのか。確かに、初めて彼女を見た時から、健二はうっとりしながら眺めていたが、もしや彼もその気があるのだろうか。だとしたら、聞かれないようにロビーを避けたのも察しが付く。違う気もするが、同じような気持ちを持った人間がいるのは若干恥ずかしながらも、貴重である。僕は少し照れ隠しのように答えた。



「別に、好きって程ではないけど…確かにかわいいと思うよ、真由子さんは。でもまだ会ってそんなに経ってないし――」



 健二は僕の言葉を遮るようにして、暗闇の中でも見えるような鋭い眼で、予想していなかった言葉を言い放った。





「お前、彼女がいるんだろう」

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