3.



 気配は正面玄関の方からしていた。玄関に近づくにつれてどよめきは大きくなり、やがてそれは確固とした群衆となって僕たちの前に現れた。

 正面玄関の前は少し開けたホールのようになっているのだが、その廊下から外へと至るまでの道をまるまる遮るようにして人だかりが出来ていた。放課後、帰宅しようとした生徒たちが玄関直前まで来て何かしらの理由で前へ進めなくなり、一斉に行き場を失っているらしかった。


 しかもみな、ただ立ち往生しているだけというのではなかった。めいめいが自分なりのやり方で困難に対応しようと奮闘しているのである。その場でぴょんぴょんジャンプしている生徒や玄関に向かって只管ひたすらに突進していく生徒、出入り口付近でパントマイムをする生徒、それに憔悴した様子で泣き出す生徒……どうにも異様であった。


 おまけにこの暗闇――電気はまだ戻らないのだろうか。



                  *



「教職員玄関はどうだった?」

「ダメだ。何故か何処を通っても、誰もたどり着けない」

「くそっ、何がどうなってるんだよ!」


 と、焦燥と憤りを隠さない、実にドラマティックなやり取りがすぐ隣で繰り広げられていたが、特段興味を惹かれないので無視した。どちらかといえば暑苦しいのでやめてほしいくらいである。この手のリアクションは、今日は見飽きた。


 もういいだろう。

 さっさと帰りたい。

 僕は群がる生徒の間隙を縫って、玄関へと独歩する。


「あ、おいちょっと!」

「あれっ、暮樫くれがし君!?」


 幾人かに呼び止められたようだったが、今日はこれ以上他人とかかわらない。

 そう決めたのだ。

 いまの僕の心を癒してくれるのは、もう妹しか残されてはいない。

 嗚呼、我が愛しの妹。

 呼びかける中には教室で耳にした覚えのある声も混じっていた気もしたが……。

 まあ、些細なことだ。


 それに背後で、「ああ、なんつーか、こいつは大丈夫なんで……はははっ」と布津ふつが何かを誤魔化すような声も聞こえたので、たぶん大丈夫なのだろう。何が大丈夫なのかは不明である。


 それに対人交渉は、僕よりは布津のほうがずっと向いている。そこに異論はないものと思われる。



                  *



 玄関とホールの境界付近はいっそう混雑していた。経験はないが、都会のラッシュ時の駅とはこんな感じだろうか――と益体なく想像した。それでも玄関の出入り口で器用にも何もない空間を相手に縋りつき、もたれかかっている生徒が数名いて行く手を阻むものであるから、しぶしぶ彼らを押しのけ、


「あ、ちょっとすみません、通りますんで」


 そう言ってよけて貰った。

 するとそこで誰かに肩をぐいと掴まれ、


「待てよキミ。この灰色の、壁みたいなもやがあるのが見えないのか?」


 と、またよく意味の分からない言葉とともにとがめるような視線を受けた。


 うるさいな。

 僕はとにかく帰るのだ。

 そして妹に癒されるのだ。

 邪魔をしないでいただきたい。


 あと付言すれば、僕はこういう、「みんな同じ場所から動こうとしないのだからお前も動くな」というような空気が苦手である。苦手と言うか、嫌いである。



                  *



 構わず僕は肩に掛けられた手を払いのけ、すっと玄関に入った。と同時にホールの方でどうっと驚きの喚声が上がったように聞こえた。……何だろうか。


「おい、或人あるとっ!」


 ついに布津までもが僕を呼び止めた。


「なんだい、布津。早く帰ろうじゃないか」

「……ったく、お前もたいがいデタラメだよな」


 布津は何やらぶつぶつ言っていたが、それはいつものことであるので特に気にする必要はない。



                  *


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る