4.



 靴を履き替えて玄関を出た。雨は強まったり弱まったりを繰り返していた。空模様を見る限り、当分は止みそうになかった。

 僕は鞄から折り畳み傘を取り出し開いた。コンクリートタイルが敷かれた玄関前広場を抜け、校庭に歩み出た。


「分かっていたけど、実際目の当たりにするとすごい雨だねえ、これは」


 僕は布津ふつに話しかけた。


「そうだな。校舎の明かりが消えているってのもあるだろうが、遠くが全然見えん」

「ところで話は変わるけどさ」

「なんだ」

針見はりみ先輩もそうだけど、戸國とくに先生からも今回のことについてその後何の連絡もなかったよね」

「……ああ。そういや、そうだな」

「布津に伝言をしてまで僕に頼んできたっていうのにね。生徒会顧問なにやってるんだって感じだよ。仲介した布津だって、気持ち的に収まり悪いんじゃない?」

「まあ……そうかもな」


 答えて布津は、憂鬱げに空を仰いだ。

 


                  *



 しかしこれだけ強く雨が降っていると折り畳み傘程度ではあまり意味を為さない。圧倒的に防御力が不足している。結果、肩その他身体の部分部分を著しく濡らすことになった。そしてその被害は上半身に留まらなかった。


 校庭は長時間雨に晒され続け、すっかり池のようになっていた。ざぶざぶと足を水に浸して歩いていると――運動部だろうか、ジャージ姿の男女が幾人か不自然に慌てふためいているところに遭遇した。


「手がっ、手が俺の足首にっ!」

「あっ、あっ、引っ張られるう!」


 何か叫んでいる。


 そういえば。

 聞いた学校の怪談のひとつに、校庭から白い手が無数に生えて歩く者の足を掴むというものがあったような……まあ、怪談としては何処にでもある、ありふれた話だった。

 見えない僕からすると、、そこからまず疑わしいと言わざるを得ないのだけれども――それはまた別途に検討すべき課題であるだろう。


 そう思って通り過ぎようとしたのだが――、


「――暮樫くれがしさんっ!」


 また呼び止められた。

 今日はよく呼び止められる日である。

 振り返るとそこには、針見先輩が傘も差さずに息を切らしていた。その黒髪からは雫がしたたっていたが、校舎から出てきたばかりなのか、まだ全身ずぶ濡れというふうではなかった。


「ああ、先輩。いったい何処にいたので――」

「暮樫さん、たいへんです! 屋上の、!」



                  *


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