2.



 帰りがけに生徒会室を訪れると、針見はりみ生徒会長は不在であった。既に帰ってしまったのだろうか。暗がりの生徒会室で残って作業をしていた執行部員がいたので彼を行きがかり捉まえて訊ねると、


「あれ? さっきまでそこにいたんだけど、その辺にいなかった? 荷物そのままだし、まだ学校にはいると思うんだけど……」


 と、曖昧な返事があった。

 帰ってはいないということは入れ違いか。仕方がないので伝言と書き置きを残して、早々に生徒会室を出た。あまりうろうろしているとまた書類の山を崩しかねなかった。

 しかし針見先輩は何処へ行ってしまったのだろう? 執行部員も知らないのでは僕に見当がつく筈もなかった。調査に目途がつけば、いつでも報告してほしいとのことだったのだが――さて。



                  *



「だけど、やっぱり違和感があるんだよなあ」

「なんだ或人あると、事件の分析はしないんじゃなかったのか」


 廊下の途上、僕の何げないぼやきに布津ふつが律儀に口を挟んだ。

 夕闇に閉ざされた校舎。

 激しく響く雨音は、僕たち二人の会話をたちまちに吸い取ってしまう。


「いや、なんて言うのかな。直接的にしろ間接的にしろさ、みんな体験談を語ってくれるのは嬉しいのだけれどもさ」

「じゃあいいだろう」

「まあその、そうなんだけれどもね」

「なんだ、怪異を探るのが或人のやりたいことだったのじゃなかったのか」

「うん……いろんな人からいろんな話を聞けたのはそれはそれでよかったんだよね。でも今回はさ、何て言うのかな、どれもが『学校の怪談』系の本に載っている内容を抜き書きしたような、ある種、型通りの話が多かったように思えるのだよね」

「ふむ……そうなのか?」

「あくまでなんとなく、だけどね」

「確かに横にいて、何処かで聞いたような話が多いのは俺も感じたが……」


 と、布津も同意してくれた。


「うん。児童向けの怪談事典の目次をなぞっているような錯覚さえ受けたよ」

「それはでも、あれじゃないか。結局、高校生が想像できる怪談話の範囲なんて、何かの本で読んだとかテレビで見たとか、その程度でしかないってことじゃないか」

「ううん、そうなのかな」


 順当に考えれば布津の言う通りなのだろう。

 一般の学生が語り得る噂のバリエーションなどたかが知れている。それは怪談に限ったことではないし、何より今まで各種民話や怪談の本を読み漁ってきた僕がいちばんよく分かっていた。


 だけれど。


 何か、今回のケースはそれだけではないがあるような気がしてならなかった。

 そのもやもや感を上手く言語化できない自分がなんとももどかしかった。



                  *



「まあ、僕があまり深く考えることでもないか。ああ疲れた、やっと帰れるよー」


 歩きながら僕は腰に手を当て、ぐっと背中を伸ばした。


「切り替え早いなあ……」

「今日のところはここまでだね。僕がやれるだけのことはやったし、あとは針見先輩たち生徒会がなんとかしてくれるんじゃないかな」

「そんなこと言って或人お前、最初はだいぶノリノリだったじゃないか」

「だって、幾ら怪異の探求と言ってもさ、やっぱり自分からやるのと人から頼まれてやるのじゃあ違ってくるよね」

「……ほんとに調子のいい奴だよ、お前は」


 呆れたように溜め息を漏らす布津。


「いやいや、それは断じて違うと言わせてもらいたいね!」

「何がだよ」

「いいかい、布津。僕の怪異への興味や熱意はあくまで妹のために注がれているのであって、学校や生徒会のためじゃないんだ。それを忘れてはいけないということさ」


 針見先輩には悪いが、ぶっちゃけ新歓イベントが成功しようがしまいが僕の知ったことではなかった。今回は偶然利害が一致したに過ぎない。断る理由はないが、引き受けるメリットはあった――それだけである。ただし、それでもし妹に害が及ぶようなことがあればその限りではないが……。


「お前って奴は……いや。或人はそれでいいのかもしれないな」

「なんだい、それ」

「いや、なんでもねえよ」


 そう言って布津は少し笑った。その笑みの意味ははっきりしないが……そんなことより今日は本当に疲れた。こんなにも他人の人間関係に煩わされるくらいなら、不特定多数の人に怪異体験を聞くのは当面は控えようかなあ――。


 そんなことを思っていた矢先。

 僕たちの進行方向の先で、ざわざわと大勢の人が集まってどよめく気配があった。




                  *



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