9.



「――ええとそれで、幽霊がいる音楽室に再び入る訳にもいかず、かと言って現状を放置して帰る訳にもいかず、部員全員で扉の前にたむろしていた……と」


 合唱部員たちの話に拠ると、音楽室から逃げ出して結構な時間が経過しているようであった。入るのか入らないのか誰が最初に入るのかいやでも幽霊いるじゃんいま入ったら絶対幽霊いるじゃんっなんだお前怖いのかいやそんなことねーし全然怖くねーしちょっと何やってんのうるさいんだけど……と、合唱部員同士で押し問答をしているところに僕たちがやって来たと、そういう次第らしかった。


「べっ、べつに、私たちだって好きでたむろっていたのでは……」


 部員集団の後ろの方にいた女子生徒が控えめに弁解した。平均より少し背の高い、セミロングの三年生であった。

 まあ、停電を意に介さず粛々と部活を続けていたくらいである。進んで活動を中断させているということはないだろう。


「ところでそのピアノの音……ですか? それはまだ聞こえているのでしょうか?」


 僕は合唱部員たちに訊ねた。

 しかし、


「え? 何言ってるのあなた、この音が聞こえないって言うの?」


 先の弁解してきた女子部員に疑わしげな顔で訊き返された。眉をひそめる彼女は幽霊を見るよりもあり得ない、という目をしていた。そう言われても聞こえないものは聞こえない。


「はい、残念ながら僕には何も」


 素直に返答するが、


「うっそー」

「え? ホントにこれが聞こえないの?」

「いやいや、全く何も聞こえないってことはないだろう……えっ、マジで?」

「耳が悪いんじゃない?」


 と、合唱部員たちから散々な評価を浴びせられた。十三階段のときとは違い、怪異体験者たちの間に連帯感や協調性のようなものが感じられた。



                  *



「いやあ、申し訳ないです。僕、どうにも鈍いらしいんですよ」


 僕はとりあえず自分の非を認めた。

 こういう時はまずへりくだっておいた方がよい。下手を打って全員の反感を買ってしまっては、聞き取りに応じて貰えなくなってしまう。僕は生徒会執行部の代理で怪談騒動の調査をしている事情を述べ、


「ついてはその……もしよろしければ、具体的にどんな曲が聞こえているのか教えていただけないでしょうか。如何せん、僕には何も聞こえないもので……。ああ、それと元々語り継がれていたという幽霊の怪談のことも詳しくお聞かせいただけると、なお嬉しいですかね」


 と、さっとメモ帳を取り出して調査役としての姿勢を示してみた。



                  *



 うん。

 ここまでは概ねよい感触なのではないだろうか。聞き取りの手順みたいなものが、何となくだが掴めてきている気がする。この調子でいけば学校中の怪異を蒐集することも不可能ではないかもしれない。

 不遜にもそんなことを思っていたその時点の僕はしかし、全くもって見通しが甘かったのだと言わざるを得なかった――。



                  *


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