7.



 何が起こっているのかは分からない。

 だが、ここまで来て今更引き返すのも職務怠慢というものであろう。

 怪談蔓延の原因を解明する。

 広まった怪談の全容を把握する。

 それが、僕が針見はりみ先輩から請け負った役目である。引き受けた仕事は完遂しければなるまい。



                  *



 あれから、直後のことになる。僕は保健室にいた生徒たち(主に女子だったが)から、何故だか酷く感謝されていた。いや自分は何もしていませんよと僕が幾ら主張しても、すべて謙遜としか受け取られていないようであった。廊下で倒れていた生徒を助けたことは間違いないが……どうもそちらは全く別の案件らしく、大して言及もされていなかった。

 僕からしてみると一部始終何が起こっていたのかも、自分が何をしたかもよく分からないのだが、先生でも対処できなかった混乱を収めたというので熱い羨望の眼差しを向けられた。……そういえば、担当の教員は何処へ行ったのか。

 やがて、


「これがさっきの怪物……?」

「こんなになっちゃって、カワイイー」 

「もふもふー」


 と、女子ズが何かこれも僕には分からない話題で盛り上がり始めたので、そのまま気づかれないようにして、僕たちはそっと部屋をあとにした。



                  *



 それからは面倒事の連続であった。面倒事になる予感は薄々あったが、当初の想像以上であった。

 針見先輩が調べてくれたデータを元に、あらかじめ怪異の目撃が確認されている場所を重点的に見て回るのだが、行く先々で小規模なトラブルに遭遇した。新歓イベントに向け、殆どの部活動や有志団体が自主的に校内に残り作業や練習をしていたことも、混乱に拍車をかけていたかもしれない。


 僕の個人的な目的からすると、怪異体験談が向こうから飛び込んでくるのは歓迎すべきことではあった。しかし短時間に斯くも立て続けとなると、如何に僕が好き者と言えども疲労を覚えざるを得ない。そもそも僕はどちらかといえば聞き役専門で、現場慣れはしていないのである。

 東に卒倒している者あれば、行って抱き起こしてやり――。

 西に見えない何かに押しつぶされている者あれば、行って背中を払ってやり――。

 南に恐怖に怯える者あれば、行って怖がることは何もありませんよと言い――。

 北に幽霊が出たいやいやそんな筈はないと言い争っている者があれば、ひとまず落ち着いて話を聞きましょうと宥めすかし――。


 まさしく東西奔走といった心地であった。僕は宮沢賢治ではない。

 どうしてこんなことになってしまったのか。

 妹が語ってくれる話に横で静かに耳を傾けていた日々を、僕は恋しく思った。



                  *


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