6.
怪談騒動の真相を探る――と言えばなるほどそれっぽい響きがするかもしれない。しかし実際のところ、聞き取り調査というのは地道で地味な作業である。
今回の僕の場合は、生徒会の代理という名分があり、かつ調査対象が同じ学校内の生徒や教師と限定されているので、まだやりやすいと言えた。
しかし一般の多くの場合において、あのすみませんがちょっと話を聞かせてくれませんかと
不信感を抱かせずに他者との距離を保つことは難しい。話を聞くという、ただそれだけのことでも、どれだけ相手から自然に話を聞き出すかということになると、それなりの技術が必要とされるのである。
*
だがしかし――。今回の怪談騒動においては、そういったこまごまとした懸念は不要であった。誰かに怪異の話をすること、それ自体がムーブメントとなっているからである。
あなたの話を聞いてあげるから、それが済んだら私の話も聞いて頂戴――。
ある意味で学校コミュニケーションの根底を成す〝お約束〟を、怪異が苛烈な勢いで食い荒らしている、とでも言えばよいだろうか。敢えて苦労して話を聞き出そうとしなくとも、相手が積極的にそれを話したがっている。
調査役を任された身としては楽な仕事だ。
そう思っていたのだが――。
*
第一理科室を出ると校内はいっそう暗くなっていた。ワックスの掛かった廊下がぬらぬらと不気味な光沢を
日没は近いが、まだ然程遅い時間帯ではなかった。居残っている生徒も多くいる筈であった。
途中、幾度か怪異の発生現場らしきシチュエーションに出くわした。暗がりから飛び出してきては何かを怖れて逃げ惑うように駆けていく生徒。教室の入り口で腰を抜かしている生徒。廊下の真ん中で気を失って倒れている生徒。……などを見かけた。
何かが起こっているのだろうとは思った。
思ったが、出会う全員が全員パニック状態でおよそ手に負えなかったために、その大半はスルーすることになった。
尤も、失礼のないようになるべく穏やかに声を掛けても、
「あ、あんたあれが見えないのかよぉっ!」
と、こちらが罵倒される始末。
どうにも話を聞いている余裕はないようであった。
*
とは言え、流石に気を失っている生徒については放っておく訳にもいかず(ちなみに女子だった)、抱きかかえて保健室まで担ぎ込んだのだが、その保健室が恐怖の館の如き叫喚の渦中にあったのには辟易した。ぜんたい何がどうなっているのか。
見回すと、保健室の隅で膝を抱えてひとり怯える生徒がいた。もっさりとした髪の、二年の女子であった。混乱しているようであったので、「大丈夫ですか」と落ち着きを取り戻すよう促すも、頑なに目を伏せ、ある一点を指さして震えるばかり。仕方なく彼女が指し示す辺りまで行って何もないことを確認し、戻って再度「大丈夫ですよ」と諭した。幾らか背をさすってやると彼女も漸く頭を上げ、怖々と周囲を窺っていた。しかし、僕が「ね、何もいないでしょう」と言うと、そのまま抱き着いてきてわっと泣き出してしまった。彼女が僕の胸に顔をうずめて泣くものだから、制服が彼女の涙と鼻水で濡れてしまって少し困った。
相手が錯乱気味でも、紳士的に対応していれば何か体験談が聞き出せるかとも思ったのだが――これはとてもそんな感じではない。
しょうがない。ほとぼりが冷めたころにもう一度訪ねてみるとしようか……と、僕は今後の方針を一考した。
一方、
*
しかし怪談を語るどころではない事態と言うのは明かに異常であった。布津は
何が起こっているのかは分からないが、状況は確実に悪化の一途をたどっていた。
*
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