9.



 三枚の図書だより。膨大な量が閉じ挟まれたバックナンバーファイルから選り抜かれたそれらの発行年はバラバラで、順に、昭和五十四年、平成八年、平成二十一年……と、それぞれだいぶ年代に開きがある。

 それらを示して、僕は前の二人に説明する――――流れだったところを、五筒井いづついさんが先導する。


「私が暮樫くれがし君から用意するように頼まれてたのは、この三枚の号。それが今回私が見た幽霊とその他怪談騒動の説明をする資料になるからっていうことだったんだけど――そうだよね、暮樫君?」

「うん。学校の怪談という話になるとさ、その話の出処みたいなことは曖昧にされがちなんだよね。こんなに局所的で閉鎖的な空間で起こっていることなのに。僕は妖怪がどうしたって話は、いつも言鳥ことりから聞くからこういう間接的なケースは不慣れなんだけど――」

「いまは妹さんの話はいいから」

「……はい」


 五筒井さんは基本的に無口な人なのだが、それだけに一度主導権を握られるとそれを取り返すのは至難の業である。



                  *



「なかなかね、こういった噂や当時の巷説の一部みたいなものの記録を探そうとすると厄介なんだよね。特定の学校内のことになると特に。学校史とか郷土史の本なんか見ても、先ずそこまでは載っていないし」


 地域の民話や伝説ならば、まだ調べやすい。その話に歴史性があったり、一定以上の規模で広まっていたり、新しい噂でも「口裂け女」や「人面犬」のように社会現象になっていたりすると、公的な記録にも残りやすい。

 だが。

 学校の中の話というのは、それこそ誰かがアンケートを採ったり記録集を作ったりでもしない限り、文字として残ることは少ない。


「それで去年、この学校に伝わる怪談の客観的な資料を求めて行き当たったのが『図書だより』だったんだよ」

「随分と古いものもあるようだが……どれも七月号、か?」


 と、布津ふつ


「うん。ぜんぶ七月号」


 それも、怪談特集の号であった



                  *



 過去の図書だよりの怪談特集号――。


 昭和五十四年(一九七九年)の七月号。

 平成八年(一九九六年)の七月号。

 平成二十一年(二〇〇九年)の七月号。


 無論、紙面すべてが怪談の記事で埋め尽くされている訳ではない。図書紹介のコーナーで怪談本・怪奇趣味の本のタイトルと概要を掲載しているのがメインであった。

 例えば、二〇〇九年の号の記事は、このような書き出しで始まっている。


『夏と言えば怪談の季節です。そこでこんな季節にぴったりの本を集めました』


 その後、何冊かの本のレビューがあるのだが、それを挟んで以下のように続く。


『ところで皆さんは私たちの高校にも〝学校の怪談〟があることをご存知ですか? 今回は図書委員が調べたその中のいくつかをご紹介します!』


 そこで紹介されている怪談を並べると――、


 トイレの花子さん。

 歩く人体模型。

 音楽室から夜響くピアノの音。

 美術室の笑うモナリザ。

 魔の十三階段。

 屋上に立つ幽霊。

 図書室の呪われた本。


 ……以上の七つ。

 詳しい内容の記載はない。

 ただ、怪談のタイトルだけが列記されている。

 その傾向は、他の二つの号も同様であった。



                  *



「なんと言うか……どこかで聞いたような奴ばかりだな」


 布津が感想を述べた。


「ええっと。他の号だと……一九九六年の号は、三番目のトイレの花子さん、赤マント、音楽室の幽霊ピアノ、テケテケ、魔の十三階段、屋上の幽霊、地下室の殺人ピエロ……あんまり変わらないみたいね」


 と、五筒井さんが読み上げてくれる。


「昭和の号は、開かずのトイレ、口裂け女、理科室の河童の死体、校庭の石碑の祟り、夜に現れる旧校舎、動く銅像、登校する生徒の霊……? こっちはかなり毛色が違うな」


 布津も続いて記事を読み上げた。

 これで、確認したい情報データは出揃った。



                  *



「布津。これ、読んでどう思った?」

「どうって……ううん、わざわざ怪談の話のほうを記事にしているのはなんなんだって感じだな。図書だよりなんだから、怪談の本だけ紹介していればよさそうなものを」


 そう言って、布津は古い紙面を矯めつ眇めつ眺めた。


「そうだね。その通りだ。でもこれはまあ、ある程度理由が推測できてさ。七九年は全国で口裂け女が社会現象になった年、九六年は映画の『学校の怪談2』が公開されて妖怪やら怪談やらがブームになっていた年なんだね。世間的に、そういう関心が高まっていたんだと思う。二〇〇九年のは……はっきり分からないけど、たまたま怪談好きな図書委員がいたのかもしれないね…………なんだい、布津」


 気づくと、布津が何か言いたげな表情で僕を見ていた。


「いや。お前のその無駄に偏った知識と分析能力を、常識的振る舞いのほうにもっと使えればいいのになと考えていた」


 余計なお世話である。

 兎も角。

 実のところ、怪談の書籍を紹介した号は他の年にもあったのだが、この学校に実際に伝わる怪談に触れている記事は、この三つだけであった





                  *


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