10.
「ぶっちゃけ、
呆れ顔を続ける
「あ……? どういうことだ……?」
変わって布津が疑念を投げ掛けてきた。
教えた――と言うか、知る切っ掛けを作ってしまった、と言うべきか。
「去年、この学校の怪談を調べているときにね、図書館の関係ありそうな本とか資料を探していたんだけど……なかなか目につくところにはなくてね。結局、手当たり次第にひっくり返すことになってさ。図書委員の五筒井さんにも閉架のものを出して貰っていたりしていたんだよね」
「そうなのか、
僕の話を受けて、布津は五筒井さんに問い掛けた。
「うん。それで図書委員として協力しているうちに
五筒井さんも素直に応じたので、布津も「ああ、なるほどなあ」と納得する。
「だからまあ、不可抗力と言うか、予期せず巻き込んでしまったと言うか……」
*
それにあの時はまさか、こんなことになるなど思ってもみなかった。去年の時点では、わざわざ図書室で怪談――それもこの学校に伝わる怪談を調べようという生徒は絶無に等しかった。そのため、どの資料に当たればよいかもよく分からず、五筒井さんら図書委員の手を必要以上に煩わせる結果になってしまった。
「ねえ、布津」
「うん?」
「布津はさ、この図書だよりに出ている怪談を幾つ知っている?」
「俺か? あー……でも此処に書いてある話の殆どは、いま校内で話題になっているものばかりじゃないか。知っているかどうかっつってもな……」
「うーん。ああそうだね……じゃあ、記事に書かれている怪談の中で、この四月以前に知っていた話が幾つあった? と、訊けばいいかな?」
「この四月以前……」
布津はやや考え込む仕草を取る。
その視線は、机上の怪談特集記事を追っている。
「そう。つまり新学期に入って、いまみたいな騒動になる、それ以前にさ」
「ううん、そうだな……。怪談が何個かあること自体は聞いていたが、そのうち幾つを知っていたかというと微妙なところだな……。トイレの花子さんと歩く人体模型と……魔の十三階段くらいか? それも何となく耳に挟んだことがある、程度のものだったが」
「だろう?」
*
〝学校の怪談〟が爆発的に広まったのは、ここ二、三日のことである。それより前にこの高校にどれくらいの怪談があるかなど、学校内の誰も気にしてはなく、殆ど関心を寄せる者はいなかった。
それが、たった数日で空前の怪談ブームになっている。
図書だよりに列記された怪談の数々――トイレの花子さん。歩く人体模型。音楽室から夜響くピアノの音。美術室の笑うモナリザ。魔の十三階段。屋上に立つ幽霊。図書室の呪われた本。赤マント。テケテケ。魔の十三階段。地下室の殺人ピエロ。開かずのトイレ。口裂け女。理科室の河童の死体。校庭の石碑の祟り。夜に現れる旧校舎。動く銅像。登校する生徒の霊…………。
だが、校内で現在取り沙汰されている怪談の数は、こんなものではなかった。いままで碌に顧みられてこなかった逸話の群れ――。断片的な情報が集積し、それが恰も以前から皆が〝学校の怪談〟としてすべてを知っていたかのように語られている。
*
「でも、今回どうもおかしなことはね、なにより怪異が『怪異』として受け容れられているってことなんじゃないかと、僕は思うんだ」
「なんだ。どういう意味だ」
「例えばだよ、布津、五筒井さん」
例えば――。
ある村で、山に入った人がそれきり帰ってこないとしよう。
現代であれば、遭難としてすぐに捜索隊が出されるだろう。
だが。
それが山には神様がいるという信仰のある、近世の村で起こったことだったとしたらどうだろう? きっとその人の失踪は、「神隠し」として神様や天狗の仕業と受け取られた筈である。それは、実際に昔は山に人を隠す超自然的存在が実在した――ということではなく、それを共通のものとして了解するひとびとがいた、という話なのである。
または、もっと違う例でもよい。
例えば、建物の屋根に見馴れない草が生えていた。
それが古い一般家屋であれば誰も気にはしないだろう。しかし、もしそれが神社や寺院だったら――それも大きな格式の高い神社だったら……。不吉だとか何かの凶兆だとか言われるのではないだろうか。
事実、古代中世においては寺社は政治に深くかかわりを持っていたし、そういった些細な異変が「怪異」として扱われることもあった、らしい。
つまり。
怪異が怪異足り得るのは、怪異それ自身に拠るものではない。
かかわる人間がそれをどう語るか、なのである。
*
「……今更驚かないが、詳しいんだな」
「ああ、うん。何と言うか、暮樫の実家がもともと地域の怪異判断を担っていたという来歴があるらしくてね。どうしてもそんな考え方が身についてしまうというか」
「お前の家の事情は本当によく分からん」
まあ、それも半分以上は叔父の話したことの受け売りだったりするのだが……。というか、僕が知る暮樫家の歴史や仕事のことはほぼ全部、叔父から聞かされたものなので、こういった話になるのもさもありなんである。
「五筒井さんが校舎の上に怪しい人影を見たときに、瞬時にそれを『屋上の幽霊』だと判断したのはさ、事前に僕といっしょに〝学校の怪談〟について調べた経験があったから――怪談『屋上の幽霊』のことを知っていたからだと思うんだよ」
見た人物がそれをあらかじめ知っていたから。
だから、その怪異は「怪異」になった。
「そうでなかったら、果たしてそれを『幽霊』だと判断していたのか、微妙なところなんじゃないかと思うんだけど……どうだろう、五筒井さん」
「……そう言われると、そうかも。私も暮樫君に言われるまで、この高校にこんなに怪談らしい怪談があるって知らなかったし」
五筒井さんが軽く頷く。
「そう。それで、こう言っては何なんだけど……五筒井さんの話を額面通りに受け取ると、本当にそれが幽霊かどうか断定するのは情報不足でね。むしろ話の通りだと、それは幽霊というよりも単なる『不気味な不審者』だと見るほうが常識的な見方じゃないかとも思える……あ、いや、五筒井さんの話を疑っている訳じゃなくってね」
慌てて僕が取り繕おうとすると、
「分かってる。私はただ、話を聞いてもらいたかっただけだし」
と、五筒井さんが自ら擁護してくれた。
「…………」
「なんだい、布津」
「いや。或人の口から『常識的』なんて台詞が聞けるなんて、と思ってな」
余計なお世話であった。
*
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