8.



「それで、どうして図書だよりなんだ?」


 布津ふつが横で促した。


「うん。まあ、落ち着いて聞いてほしいのだけど――」

「なんだ、勿体ぶる必要もないだろ」

「布津のそういう僕を急かしたがるところは、ちょっと言鳥ことりに似ている気がするなあ」

「それは、お前が誰に対してもマイペースなだけだ」

「あははっ。それも言鳥によく言われるんだよね」

「人の行動をいちいち妹と比べるのをやめろというに」


 話が進まないだろう――と、布津は言い加えた。

 それもまあ、尤もな意見である。



                  *



「この高校の〝学校の怪談〟について、以前聞いて回ろうとしたって話はしたでしょ?」

「ふむ」


 布津が短く頷く。

 五筒井いづついさんは、僕たちのやり取りを黙って注視していた。

 そしてこれが、僕たち三人のいつもの光景であった。


「でも、そもそもこの学校では怪談の内容は殆ど知られていなかった。関心を持っている生徒も皆無に近かった。だけど、怪談そのものがなかったわけじゃないらしい……それがどうも気に掛かっていたんだよね」

「なるほど?」

「とは言え、妹に忠告されていた手前、僕もあまり大っぴらに動き回るわけにもいかない。どうしたものかと考えたときに思い当たったのが……まあ、穏当に文字資料を調べることだったんだね」

「文字資料……それで、図書だよりか」

「うん」


 僕は五筒井さんが用意してくれた図書だよりを、二人によく分かるようにしてカウンターの机上に並べる。

 A3判の紙が三枚。

 それぞれ紙面の右上には、長方形に囲われた『図書だより』のタイトル。

 びっしりと縦書きの記事。左下に編集後記。

 各号に段組みや文面等に多少の差異はあるが、凝ったデザインもなく、大まかな形式は発行年が隔たっても変わっていない。


「それで、どうして図書だよりなのかっていうことなんだけど……妹に隠れながらいろいろ調べた結果、この高校の〝学校の怪談〟について話すときに手っ取り早い文字資料がこれくらいしかないっていうのが先ずあって」

「図書だよりがか?」と、布津。

「うん、図書だよりが」と、僕は答える。「いやあ。言鳥は何故か僕が怪談話にかかわるのを、執拗に厭がるものだからさ。その目を掻い潜って調べるのは地味に大変だったよ。言鳥が僕と同じ高校に進学するって聞いたときは、これはせめてその入学の前にやれることはやっておかなくちゃなと、そう思ったね!」

或人あると、お前は妹に従順なのか反抗的なのかどっちなんだよ」

「怪異を知れば妹の見る世界にきっと近づく。すべては愛のためだよ」

「お前は本当に気持ち悪いな」


 布津は、今日何度目か分からない溜め息を吐いた。



                  *



「二人とも」


 そこで暫く沈黙を保っていた五筒井さんが、僕らの会話を制した。


「なんだ、佐波さなみ

「なんだい、五筒井さん」


 カウンターを挟んで、五筒井さんが僕たちを見上げていた。

 いや、睨んでいた。


「いつまでそこでいちゃいちゃしてるの。話が進まない」

「い、いや、別に俺は。っていうか、いちゃいちゃって」

「トモヒサはちょっと黙って」

「……はい」


 言い返そうとした布津がしゅんとする。


暮樫くれがし君も、いいの? 昼休み終わっちゃうよ?」

「あ――」


 見れば、図書室の時計は残りの休み時間が既に十分足らずの時刻を示していた。


「……そうだね。それじゃあ、あらためて本題に入ろうか」


 僕は並べた図書だよりを手に取ろうしたが、


「暮樫君」


 と、言って五筒井さんにそれを取り上げられる。


「な、なにかな。五筒井さん」

「図書だよりに関しては、私が逐一提示するから。暮樫君は説明に徹して」

「……はい」


 反論の余地はなかった。



                  *



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