3.


「それにしても、兄さんはよくこんな部屋に住んでるよね。信じられない」


 僕がありがたさを感じているこの住環境にも、妹は少なからぬ不満を抱いているようであった。

 

「こんな部屋とは随分じゃないか。そりゃあ実家に比べれば狭くて多少汚いけども、住んでみるとなかなかにいいところだよ? 静かだし、家賃は安いし」

「この部屋で家賃が安いのは当たり前だと思うけどなあ……」


 妹は褪せた六畳間を見回してぼやいた。

 時折、羽虫もいないのにしっしと鬱陶しそうに手を振っているのが気になった。



                  *



 だいたいこのアパートと部屋を選んだのは僕ではない。僕の叔父である。高校入学が決まると同時に知り合いの不動産屋に話をつけ、僕が口を挟む間もなく諸々の手続きを済ませてしまった。僕はほぼ言われるがままこの部屋に転がり込まされたようなものであった。確かに、今の高校は実家からはだいぶ離れた立地にあるので、いずれにせよ下宿先は必要だったのではあるが……それにしても、だ。


「そういやあ、叔父さんが言うには、この部屋に住むのは僕にとっての〝修行〟のようなもんだとかなんとかいうことらしいけど……どういうことだろうね?」

「そ、それは……」


 僕の問い掛けに、言鳥ことりは一瞬目を泳がせたが、


「そんなことより! 早く学校に行くべきじゃないかな? 兄さんっ、ほらっ!」

「えっ、ちょっと待ってくれよ。いま食べ始めたばかりなんだ」

「ならさっさと飲み込んで!」


 無茶を言う。

 せめて朝食くらいはゆっくり食べさせてほしい。

 時計を見ると登校時間にはまだ、かなりの余裕があった。

 妹はどうにもせっかちすぎるのが玉に瑕である。


 そしてこのやり取りが、ここ最近の朝のおおよそのパターンであった――。



                  *


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