2.
「おはよう
僕は兄らしく、なるべく爽やかさを心掛けて妹に挨拶する。
「う、うん。おはよ……じゃなくて! 兄さん、今朝は大丈夫だった? この部屋で何か怪しいことされなかった?」
言鳥が不安そうに訊ねてきた。このアパートに下宿し始めてからというもの、妹はたびたび僕にそのような質問をする。僕としては、最愛の妹に出迎えて貰えているだけでも、じゅうぶんに幸福なのであるが――。
「怪しいことなんてなにもないよ。ごはんもおいしいし」
妹の問いを聞き流しつつ、僕は朝食に箸をつける。
黒い椀からは、まだほくほくと湯気が上がっていた。
「兄さんがそれでいいならいいんだけど……。っていうか、またそれ食べてるんだね……」
「それとはなんだいそれとは。一汁一菜だよ。健康的な食事じゃあないか」
「そういう問題じゃないんだけどなー……」
今朝の献立は白飯に味噌汁、イワシの塩焼きに漬け物のセットであった。
しかし、これは僕が作ったものではない。毎朝、盆に載って部屋の前に用意されているのである。
*
このアパートは建物も古いうえに設備も旧式のものばかりであったが、食事が充実しているのは何よりの利点であり、美点であった。なんと朝晩、部屋まで食事を届けてくれるのである。高級レストラン顔負けのクオリティ……とまではいかないけども、黙っていても安定してそこそこにおいしい料理が提供される。ただの学生アパートにしては昨今ない厚遇振りである。
なんでも住み込みの管理人さんが学生向けに作ってくれているということらしいのだが、肝心の食事を作っている様子やそれを届けに来てくれる姿を僕は入居以来一度も目にしたことがない。というより、管理人さん本人にいまだに会えていなかった。それどころか他の部屋の住人にも一人として会ったことがないというのは、流石にどうしたことか。もうこのアパートに住み始めて一年になるというのに……。
いや、朝晩の食事を欠かさず食べられるというのは、ひとり暮らしの学生にはとてもありがたいことなのである。それに関して文句はない。だが、ありがたさを感じているだけに、作ってくれた人に一言もお礼が言えていないのは、なんとも申し訳がなかった。
*
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