2.桜の木の下には

1.


 高校二年の四月。

 ある春の日の朝のことである。

 ちょうど朝食を卓袱台に並べ終えたタイミングであった。

 部屋の窓が勝手に開かれたかと思うと、後光を背にした何者かが現れた。

 すわ、ついに僕の部屋にも天使が降臨したのかという幻視が脳裏を過ぎったが当然そんなことはなく――それは朝日を逆光にまとった僕の妹、言鳥ことりであった。


「兄さんおはよう。早く起きて――って、もう起きてたか……」


 そう言って妹は「よしょっ」と、窓から部屋に入ってきた。

 朝の白い光に照らされる妹はいつも通りの黒のセーラー服であった。姫カットの長い黒髪が今日も美しい。彼女は窓のさんまたいで畳の上に立ち、制服の乱れを直すように反射的な動作でスカートの膝辺りを軽く払う。


 そのとき、ひょんな拍子でスカートの中の下着が覗いて――などとなれば凡百のラブコメ染みてくるが、幸いにしてと言うか残念ながらと言うべきか、我が妹に他人にパンチラを許すような隙は一ミリとしてなかった。

 ぼんやりそんなことを考えていると、「なっ、あまりじろじろ見ないでよねっ」と注意を受ける。慌ててやや赤面する妹もまた可愛らしかった。

 さて。

 当たり前のように窓から登場した妹であったが、先ず前提として。木造の古いアパートであるので、よじ登って足場にするようなベランダも柱もないのだが……まあ、妹とともに朝を迎えられる現実を前にすれば、それも些細なことであろう。



                  *


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