追悼

 航と玲は、志帆の墓前に立っていた。東京湾が一望できる閑静な場所。


「今日で二年か」


 玲は花を供えた。志帆が好きだった向日葵。こんなに目立つ色で堂々としている花なのに、花言葉が憧れと可愛らしいところが気に入ったという。

 航は鞄から、以前妹のプレゼントと一緒に買ったデッサン用の鉛筆を取り出した。生徒会で一緒だった志帆はデッサンが趣味だった。似顔絵を描いてもらったこともある。


「もう二年なのか、まだ二年なのか……。あまりにも突然すぎて未だに実感がわかない」


「そうだな」


 そっと、束になった鉛筆を供える。

 七月中旬、梅雨の合間の快晴。空の青さに向日葵の黄色がとてもよく映える。周りのお墓に比べて、志帆のお墓はとても綺麗な状態だ。すでに両親が来たのだろう。


「志帆、ひとりっ子だったもんね。当たり前だけど、ご両親相当辛かったよね」


 二年前の今日、病室で息を引き取ったときの事を思い出す。前日からもう今日がヤマだと言われていた。覚悟はしていたが、想像以上の悲しみだった。

 玲と志帆は幼馴染で、幼稚園から高校までずっと一緒だった。いろんなことを語り、たくさん相談しあった。

 志帆が亡くなってから、玲はしばらく学校を休んだ。志帆がいなくなってしまったことがあまりにも悲しくて、なにも出来なかった自分があまりにも許せなくて。

 そんな絶望の淵にいた玲を助けたのは、今隣にいる航だった。毎日家に寄ってノートのコピーを持って来てくれた。メールもたくさん送ってくれた。朝も迎えに来てくれた。航だって辛かっただろうに……。


「いなくなってしまった人には、もうなにも出来ないから。玲は今生きているから、生きているならなんだって出来るだろ」


 電話越しの航の声に、何度励まされたことか。彼がいなければ今の私はいない。


「……航は、志帆のこと好きだったの?」


 お墓を見つめながら、ふと聞いてみた。志帆は可愛らしくて物静かで、どことなく航の妹に雰囲気が似ていた。


「はぁ。なんで、どこからそういう発想が出て来るのかな」


 航は大きくため息をつく。


「え、違うの?そっか、違うんだ」


 ほんの少しだけほっとしてしまったのはどうしてだろうか。


「……お前こそ、樹のことが好きだっただろ」


 玲は動揺して思い切り立ち上がる。


「俺も志帆も知ってたぞ」


「いや、まあそうだけど……。でもすぐ引っ越しちゃったから、短い期間の片思い」


 この中で、一番辛かったのは樹だろう。目の前で志帆が轢かれたところを見てしまったのだから。


「ここ、眺めいいよね。でも事故現場も見えちゃうけど」


 事故現場から海を挟んだ反対側の小高い丘の上にお墓は建てられた。志帆の強い希望だった。


『どうせ死ぬなら、大好きな海が見渡せる場所にずっといたい。事故に遭った場所も見えてしまうけど、それでもあの場所は大切なところだから』


 志帆もきっと海を眺めている。暖かい陽射しを浴びて、穏やかな風を受けて、きらきら輝く水面が眩しい。

 手を合わせて目を閉じる。報告したいことがたくさんある。


「ほら」


 航が線香を手渡す。風に吹かれて、線香の煙が空高く舞い上がる。


「大丈夫、きっと志帆は安らかに眠っているよ」


 航の顔がどこか険しく見えた。


「……玲までいなくなってしまうんじゃないかって、志帆には悪いけどあのときはその事で頭がいっぱいだった。どうにかして外へ連れ出したかった」


 玲も立ち上がる。自然と航のジャケットの裾を掴んでいた。


「ありがとう、いつもいつも。本当に」


「なんだよ、お前らしくないな」


 樹もこの空を見上げているだろうか。きっとどこかで、志帆の事を思い出しているに違いない。


「そろそろ帰るか」


 志帆に別れを言い墓地を出た。


「そういえば、藤馬君が航みたいな生徒会長になれるか心配してた。結構プレッシャー感じてたんだね」


「藤馬が?へえ、俺みたいなね。そんなのになっても仕方ないと思うけどね。それに、藤馬が生徒会長の方が学校が楽しくなる」


 航は少し険しい表情を浮かべた。藤馬が俺みたいに?そんなことはありえない……。


「もう少し、会長らしいことをしないとな」


「今更……」


 まだまだ梅雨真っ最中だが、少しずつ初夏の風が吹いている。向日葵はぴんと伸び、太陽に向かって大きく開いている。


「とりあえずは、期末と航の試合だね。それが終われば高校最後の夏休み」


「……面倒くさい。もし今回の試合で優勝しちゃったら、夏休みの半分は部活で消える」


 やる気があるんだかないんだか、彼の相変わらずマイペースなところが面白いと感じている。


「どうせ夏休みもやることないんでしょ?だったら青春の汗をかくのもいいんじゃないの。……私もたまには練習観に行ってあげるし」


 なんだろう、心の中がなんだかもやもやする。なにか気恥ずかしい。


「そうか。それなら頑張るかな。なにか差し入れでも持ってきて」


 航はこちらを見て微笑む。少し、自分の気持ちに気付いたような気がした。


 志帆、どうしよう。今すぐ相談したい。こんなの、自分ひとりじゃ解決出来ない……。


 会いたいよ、どうして雲の上にいるの?どうして今隣にいてくれないの?

 そっちはどう?私達はなんとかやっているよ。だから、寂しいけど大丈夫。そっちは寂しくないよね、大丈夫だよね。だって……。

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