アイスの歯ごたえ

歌鳥

(全編)

   アイスの歯ごたえ


 ショッピングセンターの真ん中で、私たちは右往左往していた。

「たぶん、このへんだと思うんだけど」

「あっちのビルじゃない? なんかそれっぽい看板出てるじゃん」

「あれ違う。あの紫の看板はピザ屋さん」

“尾雛に新しいアイスクリーム屋さんができた”と、休み時間に亜久里さんたちが噂していた。十月にしてはちょっと暑い日だったし、特に予定もなかったから、帰りに寄ることにしたのだけど。

 尾雛のショッピングセンターは広くて、いくつものショップやデパートが組み合わさっている。小耳に挟んだだけの情報を頼りに、ひとつのお店を探しだすのは、ちょっと難しかった。

「やっぱり、亜久里さんに詳しく聞いておけばよかったね」

「まあねー。けど亜久里さん、いっつも忙しそうじゃん」

 亜久里さんは人気者だ。休み時間でも放課後でも、いつも誰かと話している。いきなり近づいていって会話に割りこむのは、やっぱりちょっと難しい。

「んー、しゃーない。困った時はスマホにヘルプだ!」

 由佳里はカバンからスマホを出して、素早く操作した。ほんの一分後には答えが出た。

「えーっと……一番館だから、こっちじゃないよ。もっと駅のほう」

「由佳里ちゃん、お手柄」

「えっへん」

 得意がる由佳里を先頭に、駅前まで移動。紫の看板はすぐ見つかった。

 オープンしたてだからか、お店は混雑していた。制服姿の女の子たちが、レジの前で行列を作っている。

 行列のなかの半分は、うちの学校の制服。ちょっと不安だったけど、同じクラスの子は見当たらなくて、私はすこしほっとした。

「どうしよう。座るとこない」

「外でいいじゃん。ちょうど外暑いし」

「暑いから外、なわけね。アイスだからちょうどいいけど」

 モールの真ん中まで戻って、広場のベンチに座る。

「いただきます」

「食べよー食べよー。あ、藍音のそれ、おいしそうじゃん。ひと口もらっていい?」

「自分のに口をつける前に、私のを欲しがるわけ?」

「あ~ん」

 口を開いて待ち受ける由佳里。

 私が黙って自分のカップを差し出すと、由佳里は不満そうに唇を尖らせて、木のスプーンで私のアイスをすくった。

「食べさせてくれたっていいじゃん。あたしもあ~んってしてあげるからさー」

「そういうの苦手だから。舞にしてもらえばいいでしょ」

「私も嫌」

 舞はアイスを食べる時、とても時間をかける。

 まわりの溶けたところだけを、丁寧にスプーンですくって食べる。溶けた部分がなくなったら、表面をスプーンのお腹でぺたぺた叩いたり、先端でつんつん突いたりして、溶けるまで待つ。そのくりかえし。

「舞のその食べ方、かわいいよねー」

「そう?」

「かわいいよー。そうやってちまちま食べるの、ちまちまかわいい!」

「やめれー。アイス落ちるー」

 由佳里に抱きつかれた舞が、悲鳴をあげて逃れようとする。いつもの、私たちの光景。

「けど、溶けたとこだけ食べるのって、アイスの意味なくない?」

「いいの。これがいちばんおいしい」

「そう? あたしそれダメだな~」

 由佳里は大きめの塊をぱくっと口に入れて、にまーっと満足げな笑顔。

「溶けるまで待つなんて面倒だよ。やっぱほら、アイスにも食べごたえが欲しいじゃん」

「食べごたえ?」

「そっ。アイスの歯ごたえ」

 そう言いながら、由佳里はアイスの最後の塊をすくって、ひと口で食べてしまった。

「あーおいしかった。バナナストロベリー、歯ごたえ最高っ!」

「それ、由佳里ちゃんっぽい」

「えへへ~っ、そっかな?」

 舞の下した評価に、由佳里は嬉しそうに笑った。と、小さな着信音が鳴った。

「あ、ライン来た」

 由佳里はスマホを取り出した。しばらくじーっと眺めていたかと思ったら、いきなり絶望したみたいに両手で顔を覆った。

「……由佳里? どうしたの?」

「お母さんから。『アイスあるから早く帰ってきなさい』だって」

 私は舞と顔を見合わせて、くすっと笑った。

「タイミング悪かったね」

「最悪だよ~。さっきまで幸せの絶頂にいたのに、一気に不幸の絶頂に突き落とされちゃった」

「それ、絶頂って言わないから」

「あーもう最悪。『最悪~』って返事してやれ」

 由佳里がラインの返事を打っている間に、私は自分のアイスを食べ終えた。舞のアイスはまだ半分以上残っている。

「う~っ、しょーがない。前向きに考えよう」

 返信を終えると、由佳里は不運を振り払うみたいに、頭をふるふるっと振った。

「大丈夫。お母さんはバニラ好きだから。あたしのストロベリーとはフレーバーかぶらないはず。うん、大丈夫」

 ひとりで何度かうなずいてから、私ににっこり笑いかける。

「さっき藍音のラムレーズンもらったし、今日は三種類のフレーバーを味わえるんだよ。ほら、そう考えたらもう、今日はウルトラハッピーじゃん!」

「それ、すごく由佳里ちゃんっぽい」

「えへへ~っ、でしょでしょ?」

 舞に褒めてもらって、満足そうにうなずく由佳里。

 私はなぜか、ちょっと意地悪したくなった。

「でも、お母さんがバニラを選んだとは限らなくない?」

「へっ?」

「由佳里のお母さん、由佳里の好みを知ってるわけでしょ。由佳里の好きそうなフレーバーを選んで、イチゴ味のアイス買ってきてるかも」

「そーいうこと言わないでよー」

 由佳里が私に抱きつこうとしてきたから、私はすっと立ち上がって避けた。

 ――その夜。部屋でパジャマに着替えていると、由佳里からメールが届いた。

 中身はたったひとこと『ストロベリーだった』。

 返信を打つ間、私はくすくす笑いが止められなかった。

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