エクス『姫』


 ブリキの国――


 金属加工技術が発展しているこの国では、領地から鉄や銅・銀・金をはじめ、数多くの金属が産出される。

 それでも国の特色としてブリキが人の口から上がるのは、大昔の魔法使いが作ったとされるブリキの兵隊がいるからだろう。


 錆びないブリキで作られた機械仕掛けの兵士たちは、時に危険な重労働を人の代わりに行い、戦役の折には人々を守る盾となる。

 人々が幸せに暮らしているのはブリキの兵団と――それを操る術を持った王族のおかげだった。


 その王族は、今では一人しかいない。


 先王の忘れ形見。いまだ妃をもらわず王子である彼は、ブリキ兵の守る王城に一人で暮らしている。

 広大な城の中に、たった一人の人間。

 それがブリキ国の王子様。一人ぼっちの王子様。


 今その王城に少年が一人、連れ込まれていた。


 ◆◆◆


「ちょっと待ってよ! どうしてこんなこと!!」


 ふかふかのベッドにおろされ、ようやくエクスは自由になっていた。


「おお、我が未来の妃よ。無礼はご容赦のほどを」


 エクスのにらみつけに、ブリキ国の王子と名乗った少年は優雅な仕草で礼を返す。


「私としても、本当はこの胸を激しく揺さぶる高鳴りを押さえつけたい。しかし抑えられようか! いやできない!」


「そこは頑張って押さえつけてよ!」


 朗々と反語形式で叫ぶ王子に、エクスも思わず叫び返してしまっていた。


「……第一、僕は男なんだけれど」


「うむ。そこが私としても理解に苦しむところだ」


 王子はそう言って、自らの『運命の書』を開く。


「私の『運命の書』によると、溺れた私を助けてくれた娘と恋に落つ、とある。なぜ君が男なのか不思議でならない」


「そこだよ! そこがおかしいんだって!」


 不思議でならない、どころではない。前提からして無理があるではないか。


「いいや、目が覚めて君の顔を見た時、私の勘が告げたのだ」


「な、なにを?」


「君こそ、私が必要としている人だ――とね」


 ふふ、と恥ずかしそうに微笑する王子。端整な顔立ちだけに、仮にエクスが女であれば頬を染めるくらいに魅力的なものだったろう。

 今エクスを襲うのは、経験したことの無い恐怖だ。


「なるほど、私を助ける娘は他にいたかもしれない。だがそんなことは関係ない! 私はエクス、君が気に入ったぞ! ぜひとも我が妃となってほしい!」


 じょ、冗談じゃないよ……。


 王子が肩を掴み「一緒に幸せになろう、エクス姫!」と言ってる間も、エクスは声も出せずに途方に暮れていた。


 明らかに物語に大きく干渉してしまっている。ヴィランが現れていないのは不思議だったが、ここに出現していないということはレイナたちの方に現れたのかもしれない。


 ――僕のせいでみんなに迷惑をかけてるだろうな。


 そう思うと心苦しかった。


「ついては、三つの試練を受けてくれないか」


 エクスの思考を元に戻したのは、そんな王子の発言だった。


「……試練?」


「そうさ。恋に落ちた二人は、三つの試練を乗り越えて初めてハッピーエンドを迎えるんだ」


 王子の説明に、エクスはどこかで希望が生まれた気がした。


「もし、三つの試練で失格になったら?」


「一つでも失格となれば、君を妃として迎えることはできなくなる。しかしそんな哀しいことを言わないでおくれ。一緒に頑張ろう」


 いや、絶対失格になるよ!


 そう叫びたい衝動をぐっとこらえ、エクスは密かに安堵した。


 まだ、この想区の物語は修正がきくかもしれない。


 最悪、力ずくで抜け出ようかと思っていたが、できるだけ穏便に済ませるにこしたことはない。

 レイナなら、きっとそうするからだ。


「それで、三つの試練って?」


 王子に思惑を気取られないよう、エクスは質問を始めた。




「それで、三つの試練ってどういうものなの?」


 城下町のとある宿屋。その一室でレイナはシェインに聞いていた。


 この町に着いたのはエクスの跡を追ってすぐのことである。聞きこみによって助けた人物が王子だと分かったものの、城はブリキ兵たちによって厳しく警備がなされていた。相手が人間ならまだやりようがあったかもしれないが、機械となると融通は利かない。押し入るわけにもいかず、あれからヴィランが現れる様子もないので、こうして情報収集を継続していたのだった。


「ばっちり聞いてきたぜ」


 タオが戻って来た。この想区の大まかな物語についてはシェインが、詳しい攻略の鍵はタオが情報収集を担っている。残念ながら町はかなり入り組んだ構造だったので、方向音痴であるレイナ(本人は否認している)は宿でお留守番という役割分担だ。


「三つの試練っていうのは、王族になろうとする者の心・技・体を試すものみたいだ」


 毎年季節ごとに実地され、その都度つど試練の内容が更新される。当日はちょっとしたお祭り騒ぎになるらしい。


「お祭り……そういう扱いなんですか?」


「王族が一人しかいないから、よくやってるらしいな。肝心の王子本人が毎度乗り気じゃねーみたいだが」


 試練そのものは難関で、三つ全てで最優秀の成績をおさめねば妃とは認められない。


「なるほど、そういうことだったのね」


 レイナはタオの説明に微笑した。


「ヴィランの数が少なかった理由も分かったわ。三つの試練はよく行われていて、物語が致命的に悪くなったわけじゃない」


 つまり、今回も「失敗の回」ということにすれば、エクスは妃にならなくて済むし、物語の大筋は守られたままになる。


「そういうこったな。うまくやればストーリーテラーも文句は言わねえだろ」


「なら、新入りさんの救出は最終手段ってことですかね、姉御?」


「ええ。余計な干渉をするより、物語にのっとった形で助けた方がいいと思う。エクスが優勝しないよう、私たちで妨害しましょう」


 そこで大事になるのが、試練の内容だ。


「そっちも調べてるぜ」


 第一の試練、テーブルマナー。

 第二の試練、ブリキ兵の整備。

 第三の試練、水着コンテスト。


 タオが聞いてきた内容に、女性陣はしばし無言となった。


「最初のテーブルマナーは分かるけど……」


「整備の話はそそられますね。でも水着コンテストって本当に試練なんですか。タオ兄」


「なに言ってんだ。むしろ最後こそ心・技・体の、体の試練にふさわしい内容だろ!」


 なぜか強気に返すタオ。レイナとシェインの彼を見つめる視線が、やや冷たくなったのは言うまでもない。


「……まあいいわ。最初の試練で勝てばいいんでしょ。テーブルマナーなら問題なくできると思うわ」


「姉御が失敗するとは思いませんが、もし何かあってもシェインが第二の試練を全力で行いますので。どちらにしてコンテストは開催しないかと」


 不満そうなタオ。そんな彼を尻目に、レイナとシェインは試練の準備を始めた。


 試練の開催は明日――。

 場所は王城だった。


 ◆◆◆


 翌日。


「本当にお祭り騒ぎね」


 王城にやって来たレイナたちは、思いのほか多くの人が城に入っていく光景に目を丸くしていた。


「今回は王子が乗り気ということで、いつもより期待しているのかもしれませんね」


 娯楽施設の入場者のごとく歩いていく人々を、シェインがそう断ずる。時折着飾った、真剣な面持ちをした女性が見受けられるが、あれは参加者だろうか。


「妃候補以外は何に参加してもいいらしいからな。案外アピールする場に使ってるヤツも多いんじゃないか?」


 三人は人の波にもまれるように中へと入っていく。


 参加者であるレイナ、その付き添いであるタオとシェインはやがて別の場所から入るように告げられ、会場内に案内された。


 大食堂だった。数列にわたって長テーブルが並び、出来立ての料理がブリキ兵たちによって置かれていく。


「なるほど、淑女としてのマナーを採点するってワケね」


「姉御、自信のほどは?」


 案内された席に座ったレイナは、シェインの言葉に笑顔を返した。


「問題ないと思うわ。テーブルマナーはひと通り学んだことがあるし」


「さすがお嬢。この分だとさっさと坊主を助けて――」


 タオの言葉をさえぎったのは、会場に生じたざわめきだった。奥の間から主催者である王子が姿を現したのだ。


「姉御、王子の隣にいる女の子って……」


「え? あ――」


 ざわめきの原因こそ、シェインが示した少女だった。彼女を見たレイナもまた、絶句する。


 目を瞠るような、可憐な少女だった。


 つややかな長い髪は、真夏の海を思わせる魅力的な青色をしている。細面は色白で、赤い瞳を伏し目がちにして歩いていた。少々ぎこちないその様子は、恥ずかしいのか、はたまた可愛らしいドレス――薄桃色の、フリルがふんだんについたものだ――に慣れないせいだろうか。おそらく両方だろう。自らの集める注目に恥じ入ったのか、やや濡れた瞳で顔を赤くしていく。それを元気づけてエスコートする王子の、なんと愛情に満ちた表情か。


 少々、女性的な身体のラインを欠いていると言えば、確かにそうだったかもしれない。加えてその少女はやや背が高かった。同年代の少年と比べても遜色そんしょくはないだろう。


 ただ、王子がこれほど優しげな表情を見せるのは滅多にない事だったらしく、居並ぶ参加者の女性たちから、陶然とうぜんとも嫉妬しっとともつかぬ声が漏れていた。


「……坊主、なにやってんだ」


 ただ、少女の正体を知る三人だけは、別の意味で驚愕に打ちのめされていた。




「ううぅ……」


 この世界から消えてしまいたい。

 エクスは歩きながら、切実にそれだけを思っていた。


「エクス、もっとみんなに顔を見せないと」


 隣を歩く王子が、含み笑いをしながらそんなことを言ってくる。


「君だぞ、エクス。試練を受けると言ったのは」


 言うんじゃなった。

 今更ながらにエクスは己の失言を後悔していた。


「女装するなんて聞いてないよ!」


 小声でそう返す。ついでに王子の顔も睨みつけ――ているはずなのだが、はた目からは恥ずかしさのあまり、涙目で王子に助けを求めているようにしか見えなかった。


「そう怒らないでくれ。さすがに男を妃にするとなると反発もあるからな。それに、ウィッグとドレスがよく似合ってるよ。誰も君が男だなんて気づいていない」


「それは、君が用意したからだろう……」


 力なくエクスが言った。もう気力が尽きかけている。


「ふふふ。義姉上あねうえのを残しておいてよかったよ……おや?」


 王子が何かに気付いた。


「あれはエクスの友達ではなかったか?」


 王子の視線の先を見て、エクスは思わず泣き笑いをしそうになった。レイナにタオ、シェインが会場にいる。


 みんな、来てくれたんだ!


 試練を失敗させようと、自分と同じことを考えていたのだ。互いに意志が通じ合ってると分かって、エクスが三人に笑みを向ける。


 が。


 エクスが顔を向けた瞬間、三人は即座に目をそらしていた。


 え。


 ええええええええ!?


 ショックを受けるエクス。タオは笑いをこらえていた。それは分かる。シェインは一度そらした視線を再びエクスに向け、エクスが見てると知って慌ててまたそらす。傷つくが彼女らしい気もする。


 レイナはなぜか、かなり不機嫌そうだった。目が据わっている。正直怖い。

 真面目な彼女だから、女装したことに怒っているのだろう。そう思ったエクスとしては今すぐにでも弁解したいところだったが、状況はそれを許さなかった。


 エクスと王子は他の参加者とは違うテーブルに案内され、座らされる。同時に王子が手を挙げると、会場がピタッと静まり返った。


「皆の者、よくぞ来てくれた。ではこれより、一つ目の試練を開始したいと思う」


 王子が言った。言い慣れているのだろう。拍手の余韻よいんを十分に受けてから説明に入る。


「その前に、諸君の疑問に答えておこう。ここにいるのはエクス姫。私が選んだ妃候補だ」



「……聞きましたか。タオ兄」


「ああ。空耳じゃないようだな」


 姫、という単語に思わず吹き出しそうになるタオとシェイン。これで本人がそれっぽく見えるのだから、言葉もない。


「案外、坊主の方も乗り気だったりしてな」


「おお。それはちょっと気になる展開ですね。実は――」


「別に面白くも、気にもなりはしないわよ」


 硬い口調でレイナが遮ったので、シェインもタオも驚いて彼女に視線を戻した。


「エクスが、仮にっ、そういうつもりなら……全力で阻止するまでよ。絶対負けるもんですか」


「……タオ兄、姉御の様子もなんか変です」


「もう行くとするか。そろそろ始まるしな」


 とばっちりを受けるのを恐れて退散する二人。レイナは呼吸を整えつつ、ちらりとエクスの方を見やった。


 すでにルール説明は他の者が受け継いでいる。テーブルマナーは心の鏡。心の乱れがマナーの乱れとなるとか、なんとか。それを聞いてるのかいないのか、エクスは並べられた複数のナイフとフォークをじっと見入っていた。時折王子に耳打ちしてるのは、どう使うのか聞いているからだろう。


 ――ふうん。結構やる気じゃない。


 エクスは気づいていないのかもしれないが、二人の様子は多くの者が見ている。親しげに使い方を教える王子に、元気良くうなずくエクスの姿。レイナの周囲で「いいなぁ」という呟きが聞こえる一方、「負けられない」という旨の言葉も聞こえてくる。


 レイナはもちろん後者に属していた。


「それでは、始めてください」


 やがて試練が始まった。

 ルールはそれほど難しくない。減点方式の審査で、音を立てれば減点、食器を落とせば失格、といった具合だ。減点も一定以上になれば失格の対象になり、そうなれば審査員が肩に触れてこう言うのだ。


「失格です。立ち去りなさい」――と。


 緊張のあまり食器を落とし、失格になる者。ナイフやフォークの使い分けができず減点を重ねる者。ついつい音を立ててしまう者。

 時間が経つほどにそうした者が去っていく中、レイナは完璧とも言える所作で料理を食べていた。

 レイナも元は高貴な出自である。この試練を受けるにあたって、彼女以上の適任者は居なかったかもしれない。


 一方、エクスは苦戦していた。


 事前に教えてもらったからといって、テーブルマナーは一朝一夕で身につくモノではない。音を出さないよう善戦しているようだったが、審査員は容赦なく『彼女』に減点を与えていく。

 それを横目に盗み見るくらい、レイナには余裕があった。


 ――この分だと問題なさそうね。今助けてあげるわエクス。


 すでに参加者は数えるほど。ミスを犯していないのはレイナだけだ。遠巻きに見守る一部のギャラリーも、レイナの勝ちを予想していることだろう。


 圧倒的な勝利に、レイナが先ほどの不快さすら忘れてしまった、その時だった。


 おおおお!


 不意にギャラリーからどよめきが上がり、レイナは危うくナイフを落としかけた。


 ――何かあったの……?


 心を落ち着け、原因を探す。そしてすぐに理解した。

 どよめきの原因はエクスだった。


「エクス、もっと力を抜いて」


「う、うん……」


 危うくなったエクスを見かねたか、王子自らがエクスの手を取って導いていたのだ。


「テーブルマナーって、難しいね」


「慣れるまではね。私も身につくまでよく叱られたものだ」


「へえ、そうなんだ」


 小声だがやけにはっきり聞こえる、二人の会話。もちろんほとんど密着しての会話だ。

 これ見よがしに仲睦なかむつまじい光景を見せつけられ、レイナの中で何かが切れた。


「ちょっと! 一体誰のためにやってると思ってるの!!」


 気づいた時には遅かった。

 立ち上がって叫んだ時には食器はテーブルから落ち、派手な騒音を巻き散らしている。


「……あ」


 その場の全員が注目する中、いたわるようにレイナの肩に手が添えられた。


「失格です」


 ◆◆◆


「そんな……」


「あれは予想外の展開でした。姉御は悪くないです」


「まったくだ。ぜーんぶ坊主が悪い」


 顔から生気の抜けたレイラの足取りはふらついていて、まるで幽鬼か何かのようだった。さすがに冗談を言える雰囲気でもなく、タオとシェインはなぐさめる。

 優勝候補のレイナが失格となった後、結局エクスが王子に助けてもらう形で、優勝してしまったのである。


「嘘でしょう……」


「姉御、姉御? あーダメですねこれは」


「まあ確かに、心の乱れが存分にマナーに表れてたからなぁ。余裕勝ちの場面から自滅すりゃ、そりゃへこむわな」


「言ってる場合じゃないですよ、タオ兄。第二の試練はお昼過ぎからです。いざという時は姉御のサポートだっているかもしれません」


「それもそうだな。じゃあ美味いもんでも食って仕切り直しといくか!」


「……御飯?」


「そうだぜお嬢。ちょうど昨日、美味そうなとこ見つけてな。ほら、向こうに見えるあの店だ」


「姉御、元気出しましょう。新入りさんは後でおいおいイジルとして、今は勝つために頑張りませんと」


「……ええ、そうね。ごめんなさい。動揺してたみたい」


 ようやくレイナがショックから立ち直った。


「この悔しさはシェインに晴らしてもらうわ。とにかく、まずはお昼御飯といきましょう」


 タオが指差した店からは良い香りが漂っていた。レイナが期待を顔に浮かべて、率先して歩み出す。

 悲鳴とともに、その店の中から何かが飛び出してきた。


「な、なんだあれは!?」


「ば、化け物だー!」


 パニックになった往来を蹴立けたて、レイナたちへと突進してくるのは獣型のヴィランだ。


「ビーストヴィラン! タオ兄、これは……」


「ああ。ストーリーテラーはお怒りってとこだな。どうせなら主役どもの方へ行ってもらいたいんだがな」


 栞を手にしつつ「どうしてこっちに来たんだかな」とやっかみ半分に愚痴ぐちる彼に、レイナが呟いた。


「たぶん、『空白の書』だわ」


「どういうことです、姉御?」


「王子に影響を及ぼしたのはエクスが『空白の書』の持ち主だからよ。今は想区の物語に致命的な乱れは生じてないけど、ストーリーテラーが原因を『空白の書』のせいだと考えたなら……」


 より大きい影響を及ぼす可能性――すなわち、三人分の『空白の書』を排除する方向に動いているのかもしれない。


「冗談じゃないぜ。失敗するたび、こっちに火の粉が降りかかるのかよ!」


「とんだ罰ゲームですね」


 たまったものではないと、シェインは栞を空白の書に挟み込んだ。

 まだ人が密集しているため、魔法を使えば被害が拡大する。彼女が接続コネクトしたヒーローに変身すると、その手には弓が握られていた。


 ――困ってるなら、毒リンゴを渡してみては。


「却下、却下ですよそれは」


 接続した白雪姫の継母ままはは毒林檎どくりんごの王妃にツッコミを返しつつ、シェインは矢をつがえ、迫るビーストヴィランへと放っていく。

 高速で駆ける獣型のヴィランは、矢がかすってもその速度をゆるめなかった。ハインリヒの力を借りたタオの喉元へと飛びかかろとして――ふいに動きを止めて苦しみだす。


 矢じりに毒が塗られていたのだ。動きの鈍ったヴィランを、タオの槍が易々ととらえ、消滅させていく。


「……もしかして、お昼御飯は難しいのかしら」


 左右から迫るヴィランを同時に斬り払いつつ、レイナは不安そうな声を出した。


 目当ての店からはいまだにヴィランが現れてくる。あの店での食事はあきらめざるを得ないだろう。いや、そもそもヴィランを倒し終わった時、食べる時間が残っているのかも怪しい。


 すべては、レイナがしくじったせい。


 いいや、エクスが王子と楽しそうにしていたせいだ!


「悪かったわね、負けて!」


 行き場のない怒りを刃ににじませて、レイナはいま一体のヴィランを消滅させた。

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エクス姫の受難 叶 栄夢 @kanouaja

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