エクス姫の受難

叶 栄夢

ブリキの王子とさらわれたエクス

 ブリキの国のブリキ王子の物語。


 ひとりぼっちの王子様。ブリキの国の王子様。心はくすんだブリキ色。

 ある日おぼれたブリキの王子。助けた娘と恋に落つ。

 三つの試練をくぐり抜け、二人の心は虹色に。

 めでたしめでたしいつまでも。二人の幸せ末永すえながく。



「――大体こんな感じらしいですよ?」


 町で聞き込みをしてきたシェインは、「想区そうく」の物語を歌ってみせる。


「城の警備けいび厳重げんじゅうだったな。ありゃ見つからずに入るのは難しそうだ……お嬢、やっぱり坊主を無理やりさらっていかねーか?」


「ダメよ」


 シェインとタオの視線に、しかしレイナは首を振る。


「これ以上ややこしくなったら、ストーリーテラーが何をしてくるか分からないもの。下手をすれば――」


「想区の主人公ともども、坊主も消されるってか……」


「八方ふさがりですね。じゃあ姉御、その三つの試練を受けるんですか?」


「ええ、正攻法でいきましょう」


 レイナは手にしていた紙に視線を落とす。そこにはついさっき、城下町で緊急に出された「お触れ」の内容がメモされていた。


『王子がきさき候補を擁立ようりつしたため、三つの試練を開催する。我こそはと思う淑女しゅくじょは王城に来たれ』


「エクスが妃にならないよう、私たちで妨害するのよ……それで、試練の内容って?」


 話の発端ほったんは、少し前のことだった。


 ◆◆◆


 鎧の兵士たちが森を歩いていた。

 槍を持った大柄なその一団は、緩慢かんまんで規則的な歩調のまま森の奥へと消えていく。


「……今の兵士、人じゃ無かったよね?」


「だな。かすかだが、中から歯車の音がしてたぜ」


 すれ違った兵隊たちの背を、エクスとタオは見送った。タオはさらにため息をついて、手を伸ばす。


「シェイン。知らない兵士の後はついてっちゃダメだぞー?」


「タオ兄、後生ごしょうです……」


 タオに首根っこをつかまれ、シェインと呼ばれた黒髪の少女が恨めしげな声をあげた。


「あんなにいるんなら、ひとつやふたつ分解したって……えへへへ」


「だめだなこりゃ。完全に目の色が変わってるぜ」


 彼女の足は、タオが手を離せばふらふらと兵士たちを追っていきそうだった。先頭を歩いていたレイナが銀の髪を揺らし、ため息とも苦笑ともつかぬ吐息を出した。


「前にもこんな事あったかしら」


「ブリキさんに似た雰囲気だったね。あの分だともっといそうだけど」


 エクスが前を見ると、こちらに歩いてくる新たな兵隊の一団がある。まだ小さいが動き方を見るに、先ほどと同じ兵士たちらしい。レイナが「ふうん」と思案する。


「この想区はカオステラーの気配がないし、そろそろ旅の準備も整えておきたいから……少しくらい町でゆっくりしてもいいかもね」


「本当ですか、姉御!」


 シェインの顔がパッとほころぶ。


「ただし、町につくまでは我慢しなさい」


「いちいち付き合ってると日が暮れちまうからな。ちょうどいいや、こっちの道にしようぜ」


「そ、そんなぁ」


 兵隊が来る方向とは別の道を行くことになって、シェインの悲しげな声が引きずられていく。




 ひとびとの生き方は、『運命の書』によって決まっている。


 その世界の創造主・ストーリーテラーによって記述された役割を演じ続け、物語の中の人生を歩んでいく。

 たとえそれが、カオステラー――暴走したストーリーテラーによって狂わされた物語だとしても。


 エクス、レイナ、シェイン、タオの四人は、『空白の書』の持ち主だった。


 空白の書とは、空白のページしかない『運命の書』のこと。

 物語の何者でもなく、それゆえに何者にもなりうる存在――。

 四人は狂った物語をあるべき姿に調律ちょうりつするため、カオステラーを探す旅を続けていた。


 ここはその道中に立ち寄った、とある想区のお話。


 ◆◆◆


「うぅ、青い海と空がうらめしいです……」


 選んだ道は砂浜に通じていて、エクスたちは暖かな日差しの中を歩き、町へと向かっていた。


 海岸線に沿って、波のカーテンが音を立ててはひるがえっていく。さわやかな道中でシェインだけが、ちらちらと名残なごり惜しそうに森へ視線を投げていた。


「シェインってほんと、機械やアイテムが好きだよね」


 エクスが苦笑する。


 どちらかというと普段は口数が少ない彼女だが、こと好きなことに関しては饒舌じょうぜつになる。

 機械仕掛けの兵士たちは、遠目には甲冑かっちゅうを着た人間にさえ見えていた。いったいどう動いているのか。エクスにしても興味のあるところだ。


「……もういいです。町に行けば見る機会はたくさんあるはずですし」


 ようやく落ち着いたのか、シェインがぶっきらぼうに返す。その目はまだ見えぬ町を求めて遠くに向けられ――やがていぶかしげに細められた。


「だれか、倒れていませんか?」


「え?」


「ほら、あそこです」


 シェインの指先を追って、海岸線のはるか先を見るエクスたち。すると確かに、波に洗われるようにして砂浜で倒れている人影が目に入った。


「大変だ!」


 血相を変えてエクスが駆け出す。それに遅れる形で残る三人が続くが、レイナだけは近づくのに気乗りしない表情を浮かべていた。


「大丈夫かしら。カオステラーのいない想区での人助けって、いつも悪い方向に向かうような……」


 正しい流れの物語において、『空白の書』の持ち主が、物語内の重要人物に干渉すると厄介な事態になる。それゆえの懸念だ。


「つってもなお嬢。そうそう毎度、助けたヤツが想区の『主役』なわけがねーぜ。そこんトコは坊主だってわかってるだろ」


 三人が着くと、エクスがかがんで倒れた男性――少年の様子を見ていた。


「うん……少し水を飲んでるみたいだけど。無事みたいだ」


 少年はエクスやレイラに近い年齢のようだった。十六、七といったところだろうか。着ている服からして、身分の高い家柄だと推測できる。


 砂浜に仰向あおむけになった少年は、「ううん」と苦しげに呻いている。だが、それ以外に深刻な様子はないようだった。


「もう少ししたら気づくと思う」


「そう、それなら良かったわ」


 ほっと息を吐くレイナ。


「と言ってもこんな場所だと、また水を飲むかもしれないし……どこかに安全な場所があるといいんだけど」


「とりあえず、少し海から離しときゃ大丈夫だろ。坊主、そっちを持ってくれるか?」


「うん、わかっ――」


 エクスが立ち上がり、少年の足へと回ろうとして――できなかった。手を強く引っ張られたエクスがたたらを踏む。


「あ、あれ?」


 驚いてエクスが少年を見れば、呻いていた少年は薄目を開き、ぼんやりとエクスを見返していた。エクスの手を握った少年の顔は、生気が戻ってきたのかほんのり赤くなっていた。


 というか、むしろエクスを見つめたままほおを上気させていた。


「美しい……」


「……え?」


 あまりに想像を超えた言葉をかけられると、人はどうしていいか分からなくなるものらしい。

 ほうけて動きを止めたエクスに対し、少年の動きは速かった。パッと立ち上がると、エクスを引き寄せる。


「男みたいだが、そんなのとは関係なく気に入ったぞ! 運命の書の通り、君を我が妃とする! いでよ、守護者たちガーディアンズ!」


 高らかな少年の声に、突如として周囲の地面が盛り上がった。続いて砂の中から飛び出てきたのは二つの影である。

 先ほども見た機械仕掛けの兵士たちだ。


「な、なに!? うわっ」


「エクス……!?」


 少年がエクスを抱え上げていた。

 いわゆるお姫様だっこだ。

 二体の兵士は少年をかつぎ上げ、凄まじい速度で移動し始める。


「そうか、君はエクスと言うのか。エクス、エクス。エクス姫……うむ、いい名だ。三つの試練を突破する名にふさわしい!」


「タオさん! シェイン! レイナっ!」


「エ、エクス!」


 再びレイナが叫んだ時には、エクスたちの姿は砂埃の向こうに消えてしまっていた。あまりに突然の出来事に、三人ともしばらく言葉が紡げなかった。


「……どうなってるのかしら」


「さあ、な」


 ようよう、タオが返した。まだ開いた口がふさがっていない。


 だが、感じた気配に身体は正しく反応した。


「――少なくとも、助けたヤツはこの想区の重要人物だったみたいだな」


 視界に現れた存在に、厳しい口調とともに向き直る。

 子どもくらいの大きさの、黒い影が凝縮したような異形たちだった。悪魔のようなシルエットが、頭にできた大きな裂け目から叫び声をまき散らす。


『クルル!』


『クルルクルウウゥッ!』


「思いっきりヴィランですね」


 シェインがそう零したように、黒き小人たちはブギー・ヴィランと呼ばれる存在だった。


 ヴィランとは、ストーリーテラーの描いた「物語の運命」を守るために出現する、一種の防衛機構である。

 すなわち、エクスたちが先ほどの少年に関わったことで物語の正しい流れが乱れ、ストーリーテラーが彼らを異物として排除しようとしているのだ。


「結局、今回もこうなるの!? まったく……!!」


 苛立たしい声をレイナが上げる。その時には彼女の手に一冊の本が現れていた。

 空白の書――レイナの『運命の書』である。


「とにかく、ここを切り抜けるわよ! エクスを追いかけないと」


 白紙の頁にしおりを挟んだレイナの姿が、次の瞬間変貌へんぼうする。

 髪は腰まで伸びる豪奢ごうしゃな金髪に。赤と白を基調とした服は蒼いエプロンドレスに。

 そして好奇心に輝く光が瞳に宿る。

 レイナより幾分いくぶん幼い顔立ちをした少女がそこにいた。



 空白の書の持ち主は、レイナの持つ『導きの栞』に宿ったヒーローの力を借りることができる。

 ヒーローとは、いにしえの伝承で語られる物語の主役や登場人物の理想・願望が姿かたちをまとったもの。なんの役割も持たないからこそ、空白の書の持ち主は彼らの魂と接続コネクトすることができる。



 ――うさぎさんを探して、大冒険の始まりね!


 好奇心旺盛おうせいな少女・アリスの魂がレイナの心につながり、語りかけてくる。

 うさぎじゃなくてエクスよ。大冒険にするつもりもないし……と心中で訂正しつつ、レイナ=アリスは地を蹴った。すでにその手には片手剣ソードが握られている。


『クルルゥ!』


 ヴィランたちもまた、少女を迎撃げいげきせんと鋭い爪を突き出していた。レイナ=アリスは軽い身のこなしでその切っ先をかわすと、舞うように旋回して剣を振るう。刃はヴィランの身体に深々と吸い込まれ、停滞ていたい無く駆け抜けた。


 片手剣が綺麗な弧をえがいた時には、両断されたヴィランは幻のごとく掻き消えている。


「お嬢、ヴィランどもの数は意外と少ねえ。このまま蹴散らすぜ」


「囲まれることだけ注意しましょう」

 タオとシェインも、栞によって騎士ハインリヒ、神官見習しんかんみならいラーラの姿になっている。

 三人は背後を取られないようヴィランの包囲を切り崩し、着実に異形を仕留めていった。


「こいつでトドメだ!」


 タオが構えた槍に力を込め、鋭く踏み込んだ。裂帛れっぱく呼気こきとともに放たれた一撃は、その通過点にいたヴィランをことごとくほふり、終点にあった大岩をも粉砕する。


「こちらも、これで終わりです」


 別方面を担当していたシェインも、手にした両手杖から雷をまとった光球を放つ。着弾した砂浜が大量の土砂を巻き上げ……それがすべて落ちた時には、その場にいたヴィランは跡形もなく消え去っていた。


「どうにかなったわね」


 栞を『運命の書』から外し、元の姿に戻るレイナ。その顔は怪訝けげんそうに眉を寄せていた。


「どうした。お嬢?」


「なんだかおかしいわ。いつもなら、もっとヴィランが現れてもおかしくないのに」


「そういや少なかったな。おおかたさっきのアイツは、それほど重要な人物じゃなかったんじゃないか?」


 タオが言うのは、先ほどエクスを連れ去った少年のことだ。


「でも、それならあのタイミングでわざわざヴィランを出す事なんてないわよ? 正しい流れに歪みが生じたけれど、まだどうとでもできる範囲……だからこそあの数だったと思うわ」


「つまり、今のはストーリーテラーの警告みたいなもんか? 早く元に戻せっていう」


 うなずくレイナに、不満そうに鼻を鳴らすタオ。あまりいい気分ではない。


「どちらにしろ、新人さんを探さないと話になりませんね」


 シェインが視界の向こうを見据えた。砂浜にはまだ、あの機械兵の足跡が残っている。レイナがため息をついた。


「早くエクスと合流して、この想区を出ましょう」


 三人はさらわれたエクスを連れ戻すべく、歩みを再開する。

 やがて、城を有する大きな街が見えてきた。

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