第5話 ゲームスタート/前編

虚無。

 落ち込んだ。もうめちゃくちゃ落ち込みまくった。

 いくらぱっとするガワを用意されても、根本がぱっとしない自分は、ぱっとしないままだった。

 コミュニケーション力のなさは、全てを台無しにするのだ。

「もういいよこの世界……終わろ?」

 終わらなかった。

 相変わらず容赦なく朝は来て夜は来て、もう5月になっていた。GWも無為に終わった。今もただ、自室のベッドでごろごろしている。

 生活に手を抜いていても、俺のスペックは衰えることはない。入学以来一度も切っていない髪も、むさ苦しくないギリギリのラインで自動的に保たれている。「乙女」が好むゲームキャラの範囲に収められる肉体。なんという神秘。

 高校生活の残りプレイ期間はまだまだある。どうしようか。

 恋愛ゲームでプレイ中にフェイドアウトした攻略対象キャラって、何をしているんだろう。普通に考えれば、ヒロインと関係のない世界でそれまでの生活を続けるだけだろう。となると、俺の場合は……。

 壊れたゲーム機を買い直そうかなあ。ゲームの世界の中でゲームの中にひきこもるのもしゃれてるかもしれない。しれなくないか。とりあえず、スマホでなんか面白そうなアプリはないかな。

 タップをミスして、「今野さん可愛いメモ」が立ち上がる。

 あの日から俺は、今野さんストーキングもやめてしまった。授業中以外はなるべく彼女と同じ空間にいないようにしている。彼女が他のイケメンとフラグを立てている姿を見たくない。

 でも、見たくないと言うことは、まだ好きなんだろうな。

「僕がぼんやりしていたんだ。大丈夫? 怪我はない?」

 そう言いながら、くうに向かって手を差し出す。

 何度もイメージで、入学式の日をやり直している。でも例え実際にやり直しても、その先があるとは思えなかった。


 黙って大人しくしていれば、俺は学校では「孤高のクールなイケメン」扱いだった。何か大きなへまをしない限り、そのポジションのまま卒業できるだろう。

 何も知らない宗形むなかたは相変わらず色々誘ってくるが、なんだか気まずくて全て断ってしまっている。

 孤独と言えば孤独だが、ぼっちでぼんやりしていることにはリアルで慣れているのであまり問題はない。せっかくの高校生活(二周目)の意味はまったくないが、これが俺の器なんだろう。

 気が付くと、放課後の教室に一人でいた。寝たふりをして、そのまま本格的に寝てしまっていたらしい。目をしぱしぱさせていると、誰かが教室に入ってきた。

武藤むとうくん」

 セミロングのつややかな黒髪のクールビューティー。羽原美鳥うばらみどりだ。

「先生に頼まれたプリント整理、手伝ってくれない?」

「……なんで」

「あなたが今ここで一人で暇そうにしているからよ」

 ここで上手く断れるようなコミュ力は、あいにく持ち合わせていなかった。


 まもなくもう二人ほどの女生徒が、台車に積まれた山盛りのプリントとともに現れた。……どんな量だよ!? 生徒をいいように使いすぎだろ!?

「運搬用エレベーターに初めて乗っちゃった! 生徒は使っちゃだめだって言われてたのにー。やったね!」

 きゃっきゃとはしゃぐ二人。どうやら嬉しいらしい。

 一人は紅谷麻未べにやあさみ。小柄でふわふわの明るい茶髪。クラスで一番、騒がしい女だ。名前を覚えている理由は、それだけじゃないけど。

 俺が助っ人となったことを羽原から聞くと、紅谷は感心したような声をあげた。

「すごーい、よく武藤くんに頼めたねえ。話しかけちゃいけない人かと思った」

 なんだそれ。

「何よそれ」

 羽原が俺の代わりにつっこんでくれた。

「ねえねえ武藤くんさーどこの中学だったの? いつもどこでお昼食べてるのー? 最近教室で見ないけどー」

 矢継ぎ早の質問を、生返事だけでかわす。まともに対応しようとすると、ボロが出そうだ。

 そしてもう一人は……今野さんだ。

 そう、紅谷は彼女の友人だ。だから俺でも名前を知っている。

 今野さんは、最初に「よろしくね」と一言挨拶してくれたあとは、とても真剣な顔をして作業をしている。おしゃべりどころではないようだ。どう応対して良いのかわからないので、少し助かった。

 プリントを机に並べ、まとめて折り、ホチキスでとめていく。量があるだけではなく、組み合わせパターンも複数あって複雑だった。俺も作業に集中することにした。



 完成したプリントセットは、当然ながら組む前よりかさが大幅に増していた。

「これ、どうやって運ぶの……?」

 すっかり暗くなった教室で、ちょっと4人で呆然とする。持ってきたときは紙バンドでとめられていたが、この折って組んだ状態のものを台車にただ載せても崩れるだけだろう。

「……先生に確認をとってくる。もう閉校時間も迫ってるし」

 サンプルを手に、羽原が去る。

「わたしは飲み物買ってくるねー」

 財布を手に、紅谷が去る。

 残されたのは、俺と今野さん二人。

 気まずい。

 沈黙が続く中、今野さんがちらちらとこちらを見てくる。

 あ、わかる。今、今野さんは、俺に話しかけるか話しかけないか、選択肢を選んでいるんだ。

 どちらが正解だろう。入学した頃なら、「話しかける」で決まりだった。今はどうして欲しいのか、自分でもわからない。

 視線を合わせないよう、不安定に積み重ねられたプリントセットを見つめていると、

「お疲れ様」

 ためらいがちに今野さんが話しかけてきた。

「……お疲れ様」

 オウム返しにすると、彼女はほっとしたようだった。

「なんか武藤くん、あんまり話しかけて欲しくないのかなって思ってたの」

 そういえば紅谷もそんなことを言っていた。そんなに普段から”話しかけるなオーラ”が出ていたのか。

 今野さんは、恥ずかしそうに言葉を続ける。

「入学式の日、失敗しちゃったなって……ぶつかって尻餅までついてみっともなくて恥ずかしくって……」

「いや、俺がぼんやりしてたんだ。大丈夫だった? 怪我はなかった?」

 散々練習を繰り返しただけあって、自然に言葉が口から出てきた。

 今野さんが目を見開いて俺を見る。

 出来た。やった。

 だがつい、言葉だけではなく、手まで出してしまった。

(失敗した――――――――!!!)

 シミュレートが過ぎた。今の今野さんには、別に手を貸す必要はないのに。

 この差し出した手をどう誤魔化そうかとパニクっていると、今野さんも手をのばし、そのまま軽く握ってきた。

 握手だと思ったらしい。

 こわごわと握り返す。俺の手と、彼女の手が触れている。女の子の手は、こんなに柔らかいのか……!

 ぶんぶんと腕をシェイクされながら、俺は、感激に打ち震えていた。

 このままずっと、このままでいたい……。

 しかしその願いを打ち破るか如く、横にあったプリントセットがばさばさと大きな音を立てて崩れてきた。

(あぶない!)

 避けようとして、そのまま今野さんを引き寄せるかたちになった。



 帰り道、紅谷の提案で、俺は三人と連絡先を交換した。

 紅谷がおごってくれたパックジュースはすでに空だったが、居心地の悪さを誤魔化すように何度もストローを口に運んでしまう。女子達の目がまともに見られない。

 今野さんは、今、どんな顔をしているのだろう。

 心臓がまだばくばくとしている。

 入学式のあれはただの顔見せイベントで、今日が正式な出会いイベントだったのだろうか。そういうことにしよう。俺の中では、そういうことに決めた。

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