第4話 キャラクター/後編

 入学式の日にあったたくさんの驚いた出来事のひとつに、リアル世界において数少ない高校で出来た友人である、木南一彦きなみかずひことの出会いがあった。

 正確には、同姓同名の人間がいた。見た目が全然違ったのだ。記憶の中の彼と比べると、あまりに整いすぎていた。しかし面影はあり、挙動は完全に木南一彦のそれで、間違えようがなかった。それでつい、いきなり、

「なんで一彦がそんなにイケメンなんだよ」

と、口を滑らせてしまった。

「は!? なんだよいきなりお前」一彦は本気で嫌そうな顔でそう言った。「ていうかイヤミかよ」

「なんでイヤミになるんだ」

「あのなあ、自分で言うのもなんだけど、俺はどうめいっぱい甘く見積もっても、フツメンだよ!」

(こんなフツメンがいるか!)

 そう言い返そうとして、周囲を見渡す。

「……本当だ」

「だろ? ……っておい!お前な! マジ失礼だな!」

 校内の男子生徒は皆、彼と同程度の容姿は持っていた。

 そうか、乙女ゲーはフツメンでもこの程度の容姿が与えられるのか。親はリアル世界のままの姿だったし、登校中に見た一般人の容姿のレベルもそこまで上がっていた様子はなかった気がするけど……。もしかしてこれはこの「乙女ゲー世界」、学校関連だけに適用されることなのか?

 そうなると、別の不安が頭をもたげる。

「お……俺は、その……」

「なんだよ」

 とても言い出しづらいが、勇気を振り絞る。

「い、イケメンだよな!?」

「はあ!?」

 自分の元々の容姿がしょぼすぎたおかげで、ほんのちょっと見栄えが良くなった程度でまるで絶世の美形のようにはしゃいでいたのかもしれないと思ったのだ。母親の反応は、あくまで親の欲目で。女子の目線も全て自意識過剰の勘違いで……。それはあまりに痛い。痛すぎる。

 けれども一彦はあきれた顔で、ため息まじりに言った。

「ほんっとーにイヤミなやつだな……。そんだけイケメンでさ……」

 大丈夫だったんだ。良かった。

 安心はしたが、一彦の俺に対する第一印象は全く大丈夫じゃなかったので、未だに友人関係は築けていない。駄目じゃん。大丈夫じゃないじゃん。


 どうもこの世界は、完全に別ものと言うよりは、俺が18年生きたリアル世界と融合した感じのようだ。見知っている人間と、そうでない人間がいる。それとも、パラレルワールドってこんなものなのだろうか。もしくは、夢だから境界が曖昧なんだろうか。それにしては長い夢だ。

 耳のピアスを触る。正確に言えば、”ピアスらしき埋め込まれた物体”だ。裏に何か飛び出しているわけでも留め具があるわけでもなく、どうやってとまっているのか見当も付かないが、外し方もわからない。つけたままで寝たりしても全く痛くないので、面倒で放置している。あまりにも謎なアイテムのため、なんとなく、これがふたつの世界をつなぐもののような気がしていた。……宇宙人に埋め込まれた金属片だったらいやだな。

 今野さん観察を再開すると、彼女もお弁当を食べ終わっていた。一緒にいる女子が増えている。見覚えのある顔だ。

 あれは、リアル世界でクラスの中心だった、才色兼備の……。

「羽原さんて……」

 今野さんがそう彼女を呼ぶ。

 ウバラさん? そんな名前だったかな。目立つ存在だったので認識はしていたが、名前まではちゃんと覚えていなかった。初日の自己紹介をきちんと聞いていなかったのはまずったかな。

 しかしそのままの容姿でこの乙女ゲー世界に存在できるなんて、本当に群を抜いた美形だったんだなあとつい感心してしまう。俺の好みじゃないから、よくわからないけど。なんか、綺麗すぎて中性的というか。髪は長いけど。今野さんがたぬき系女子なら、ウバラさんはキツネ系だ。

 彼女らはとても楽しそうに何かを話している。表情が次第に緩み、じわじわと声は高くなり、打ち解けていく様子がわかる。ウバラさんは、今野さんの友人ポジションに収まるのだろうか。うん。きっといい友人だろう。よくは知らないけれど、スペックが高いことは確実だ。


 そんな、それなりに楽しい(?)高校生活(二周目)が、二週間ほど経った日のことだった。

 その日の俺は、時間をうっかり間違えて、いつもより一時間も早く学校についてしまった。

 運動部の朝練の声が、遠くの方でかすかに聞こえる。あれは剣道部だろうか。なんというさわやかな朝だろう。のんびり廊下を歩いて教室に向かっていると、突然大きな音が響きわたった。うちの教室からだ。

 扉は開いていた。中を見る。

 そこには、今野さんを抱きしめる宗形がいた。


「ごっごめんなさい!」

「いや、こっちこそいきなり触ってごめん」

「う、ううん! 私が失敗して……! 宗形くんは助けてくれただけだし……!」

「でも本当に、今野さんに怪我がなくて良かったよ。女の子の身体に何かあったら大変だ」

 床に散らばるガラスの破片。今野さんが何かドジを踏んだのだろうか。

 俺は無言できびすを返し、歩き出す。次第に早歩きになり、走り出した。


 イベントシーンを、見てしまった。


 イベントシーンとしか、俺には言いようがない。

 あのいけすかないヴァイオリン男が彼女の手を握ったのと、大して変わらない出来事なのかもしれない。

 別に、宗形に今野さんをとられたわけでもない。彼は現段階で今野さんのことを好きなわけではないだろう。そんなそぶりは全くなかった。

 でも。それでも、あのくらいのことは出来るのだ。

 自分だって、ギャルゲーの中では散々やってきた。例え普段は女の子たちにバカにされるキャラでも、いざというときに頼りになって、かつ相手に気を遣わせない台詞を選択し、好感度を上げてきた。

 でも今の俺の頭の中には、ろくな選択肢は浮かばない。

 自分が彼女に出会ったときのことを思い出す。俺は、俺にぶつかったことで地べたに座り込むはめになった彼女に、手のひとつすら差しのべることもなく、うろたえ、そして「可愛い!」と脳内をピンクにしていた。

 そんな王子様との出会いがあるか。酷すぎるだろう。

 もしかしたらあのとき彼女は、どこか擦りむいたりくらいはしていたかもしれないのに。

 宗形の、自分と全く違うスマートな態度に、心臓がばくばくしてとまらない。

 彼がそれを出来るのは、乙女ゲーキャラだからか? 

 最初から間違っていた。イケメンになれて、勉強も運動もなんでも出来て、それでも性格が俺のままなだけで、全てが台無しで、どうしようもないんだ。選択肢まで与えられないと、何も出来ないんだ。どこまで必要で、手がかかるんだ。

 今の俺は、ストーカーをしているだけで、せっかく好きな女の子が触れる次元にいるのに、リアルに交流してはいない。二週間も経ったというのに、ろくに会話すら交わしていない。観察して、ただ可愛い可愛い言っているだけで、二次元キャラに萌えていたあの日々と変わらず、未だに青春の傍観者だ。

 こんなことで、今野さんは、俺を攻略しようとしてくれるだろうか。複数いる高レベルなスキル持ちのイケメンたちと対抗しなきゃならないなんて、無理ゲー過ぎる。


 「イケメンだが、どこか負のオーラがあって挙動不審。ストーカー気質あり。最初から好感度も高く、少し優しくするだけで評価を大きく上げてくるので、攻略は楽。はっきり言って、ちょろい。おまけでどうぞ」

 自分のキャラクターをまとめてみる。

 ……メインどころか、色物の、脇役キャラじゃないだろうか……。

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