第3話 キャラクター/前編

 どうもいわゆる女の子がプレイする恋愛ゲームであるところの「乙女ゲー」の、攻略対象キャラの一人になったのではないかと認識した俺、武藤蒼馬むとうそうま18歳。いや違う、高一春まで戻って15歳。


 何か決定的な「この世界イコール乙女ゲー」であるという証拠があるわけではないのだが、そう考えるとわかりやすいのだ。

 とりあえずイケメンに生まれ変われたのはいいが、学校には他にも超絶イケメンがあふれていた。学校が始まってこの一週間で確認しただけでも、うちの学年に10人はいた。


 しかも強烈なキャラクター揃い。


 例えば一人はプロのヴァイオリニスト。その超絶技巧な奇跡の運指と運弓で、パガニーニすら弾きこなす天才少年だが、同様にいわゆる「手も早い」と評判。

 例えば一人は大柄で精悍な男前の、ザ・日本男児な剣道少年。だけれど勉強は少々苦手らしい。

 今も剣道少年は教師に当てられて、アホな解答を大まじめにして皆に笑われている。だがその笑いにバカにしているようなところは微塵も感じられない。しょうがないなあと嬉しそうにクスクスと笑う女子たちの姿に、イケメンってホント得だよなと思う。

 しかしまた、乙女ゲーってやつも、ギャルゲーと同じく本当に色んな属性よりどりみどりだなあ。

 この世界での俺は、勉強も運動も出来るようだ。今のところひとつ大きく突出したところはないが、特に欠点も見当たらない。おかげで自分の属性が把握できないでいる。

 とは言え、なんでも高いレベルで出来るというのは冷静に考えるとチートとしか言えない存在だ。俺はメイン攻略キャラなのだろうか。やべえ、俺すげえ。本当にそうだったらいいな。


「よ。ムトー」

 しかし、授業終わりのチャイムと同時に声をかけてきたこの男、後ろの席の宗形玲むなかたれいも、今のところ欠点が見当たらないのだ。

「お……おう」

「あれ? どした? なんかいやなことでもあったか?」

 違う、お前に話しかけられると身構えてしまうんだ、いわゆるリア充のコミュニケーションに慣れていないんだよ!俺はまだイケメン歴一週間なんだ!と返したくなるが、黙る。

 宗形はものすごく良いやつだ。明るくて、コミュ力が高くて、フォローが上手くて。女子のウケがいいのもわかる。中学時代から有名人だったというのもわかる。

 一度だけ、つい誘いに乗って一緒に帰ったりもした。振ってくれる話題に俺は上手く返せずに口ごもりまくってしまったのに、彼は「良かったらまた一緒に帰ろうな!」と笑って言ってくれた。

「ムトーは昼飯どうすんの? 俺、学食行くんだけど」

「あ、俺は、弁当買ってきたから……」

「そか」

 宗形は残念そうに言って、他のやつに声をかけた。すぐに連れが見つかったようで、談笑しながら教室を出て行く。

 あいつは、俺が一緒に行かなくても大丈夫なんだよな。自分で断っておきながらなんだか寂しくて、彼に声をかけ損ねたらしい女子(手元にあるのは手作り弁当だろうか?)と一緒にため息をついた。

 だが、学食に行かないのにはワケがある。

 ずばり、今野さんが「教室内で弁当派」だからだ。これ以上の理由があるだろうか。

 さりげなく今野さんを観察できる向きに椅子を動かす。

「あ、あの……」「ほら、頑張って!」「えーでも……」「……ちゃんがさあ……」

 何か俺の回りでざわざわしている女子達に気付くこともなく、今野さんの一挙一動に目を光らせる。


 今野さんについて知っていることは少しずつ増えてきた。

 なんでも出来るので大して勉強をする必要もなく、ギャルゲーをやらなくなった俺には、今野さんストーキングをする潤沢な時間があった。いいのかそれで。いいんだよ。

 彼女のお弁当にこの一週間で実に4度目のチーズ入りオムレツの登場を確認し、こっそりとスマホにメモする。

 それにしても今野さんは毎日可愛い。

 うっかり『今野さん可愛い日記』をつけ始めてしまったほどだ。気付いたことをメモしているのだが、記述の半分は「可愛い」で占められている。可愛いとしか言えないbotみたいだ。

 焦ると噛むこと。ノートの隅に下手くそな動物の絵を描いて応援の言葉を添えて、勉強する自分を励ましていること。登校時間が遅くなるほど大きくなる、髪の毛のはね具合。チーズ入りオムレツを食べるときの幸せそうな顔。周囲に誰もいないと思ったのか、下校中にご機嫌で鼻歌を歌っていたこと。

 濃いギャルゲーマーとして、「乙女ゲーの主人公や女友達はとても可愛くて、女子でも攻略したくなる」という噂は聞いたことがあった。女は男以上に、女の容姿や挙動にうるさいらしい。

 うるさくしてくれてありがとう。可愛いです!! 力強く、どこかの乙女ゲーマーたちに感謝する。


 しかしストーキングの中で、今野さんが順調に次々とイケメンたちと知り合いになっていっていることも知ってしまった。イケメンたちと連絡先を交換する姿も、何度も見てしまっている。いまだ彼女は俺の連絡先を何も知らず、俺もまた彼女のメアドのひとつも知らないというのに。

 そして彼女は、順調にイケメンたちにちやほや優しくされているようだ。さすがだな、乙女ゲー。

 でも彼女が能力の秀でた人間に会ったときにする、とても素直な「すごいなあ……!」という顔は、俺版今野さん可愛いランキングの中でも上位であり、俺のしょうもない嫉妬心すら一時的に吹き飛ばしてしまう。あくまでに一時的に、だけど。

 まあでも、その「すごいなあ!」の顔に調子に乗った男が、「天才ヴァイオリニストの指を触りたい? ほら」と自分の手を差し出して、そのままびっくりして固まっている彼女の手を握ったときはさすがに頭にきた。俺の今野に手を出すな! 連絡先も知らないけど。

 だけど俺だってイケメンなんだし、連絡先くらい聞いてもいい気がする。かっこいい俺ポーズベスト10(暫定)の中から何かキメながら、さりげなく連絡先を渡してもいい気がする。でも、なんて言えばいいんだろうか?

 ふと、冷ややかな視線を感じた。

 どうやら考えながら、微妙にかっこいいポーズ的な動きをしていたらしい。

 誤魔化すように、コンビニ袋の中から昼飯を広げ始める俺。視線の主、木南一彦きなみかずひこは、そのままどこかへ去っていった。

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