第2話 例の世界へ/後編
今までの出来事をまとめると、どうやら俺はイケメンになって、さらに高校の入学式の日にまでタイムスリップしたらしい。
眩しい光も暖かな空気も、春のそれだったのだ。
やり直す機会を神様がくれたのだろうか。それともただの夢か? 夢でもいいか、楽しむだけ楽しもう。ていうか俺は高一でこの身長かよ。くっそ、羨ましい。俺に嫉妬せざるを得ない!
「……たっ……」
「てっ」
まずい。アホなことを考えながら歩いていたせいか、知らない人に思いっきりぶつかってしまった。
「ごっ! ごめんなさい!」
俺のせいでバランスを崩してぺたんと地面に座り込んだその女の子は、起き上がるより先に謝ってきた。
「い……いや、俺が……その……でかいから……」
その、うちの学校の制服を着た女の子に、慌てて謝ろうとして気付く。
可愛い。
ぶつかった女の子は、超可愛かった。俺好みとしかいいようがなかった。
美形過ぎない、気取りすぎない、くりくりとした瞳と、ちょっとぽやっとした抜けた感じのオーラ。綺麗な肌と桃色のほっぺた、あごに触れるさらさらかつ柔らかそうなボブ。惚けた感じの表情。
……ん? 惚けた?
もしかして。
(いやいや)
もしかして。
(いやいやいやいや!)
この女の子は……俺を見て……。
何度振り払っても、同じ言葉が脳に浮かぶ。
(見とれている)
そんなことがあるのか!?
いや、あるのか。慣れていないことで自分でもうっかり忘れそうになるが、今の俺はイケメンなのだ。イケメン歴小一時間だが。
「ご、ごめんなさい! あの、私、ぼーっとしてて……!」
真っ赤になって恥ずかしそうに目を伏せる彼女を見て、ときめき胸が高鳴り、素晴らしい考えがひらめく。
そうか俺は。
視界がぱあっと桃色に開き輝く。
念願のギャルゲー界に来られたのか!
いくらなんでも論理が飛躍しすぎかと自分のテンションの上がり具合を恥じるも、学校に近づくにつれて女子の視線をやばいほど感じるようになった。あの女子も、この女子も、俺の方を見ている。そしてうっとりとした瞳で、何かをひそひそと話している。
マジで夢でもかまわない! この夢よ醒めるな!
上機嫌で、教室に後ろの扉から入る。ここでも女子の目が俺に……。あまり来ない? 振り向く女子の少なさにちょっと拍子抜けしながら、黒板の席次表を確認する。自分の席を見ると、すでに誰かが座っていた。その広い背中に声をかける。
「あ。あの、そこ、俺んとこ」
「あれ? ごめん、間違えた?」
椅子から立ち上がったその男子の身長に驚く。俺よりでかい。
いや、でかいだけじゃない。イケメンだ。手入れされた眉とセットされた栗色の髪の毛。大きなタレ目と通った鼻筋。今まで学校では見たことのないレベルのイケメンだ。強いて言えば、今朝、鏡の中で見たくらいだ。
なんでギャルゲーに、こんなイケメン(その2)がいるんだ……!?
あ、そうか、「友人」キャラか。ギャルゲーにはつきものの、女子に興味がないタイプか、もしくは軽すぎて俺が狙うヒロインには相手にされない、害がないタイプのイケメンか。と、0.1秒で強制的に疑問を氷解させたところで、
「わあ、宗形くん! 本当にこの高校だったんだ!」
一人の女子が彼に話しかけ、それがきっかけとなり数人の女子に一瞬で囲まれるイケメン(その2)(ムナカタ???)。どうやら女の子達は彼のことが気になってそわそわしていて、俺というイケメン(その1!)が教室に入ってきたことに気付かなかったらしい。
不安だ。
もしかして、あいつが主人公キャラで、俺が友人キャラじゃないだろうな……?
「
噛んだ。
可愛い。名前はそこまでギャルゲーギャルゲーしていなくて普通寄りだけど、そんなところも可愛い。
こんのりこ。この、今朝出会った運命の女の子の名前を反芻する。当然のように、同じクラスだった。彼女の他にもここには何人か可愛い女の子がいるみたいだが、今野さん以外の自己紹介はすっかり上の空で聞き流してしまっている。彼女が正ヒロイン、正妻、俺の嫁で間違いないだろう。ギャルゲーっぽいうちの高校の制服も、とてもよく似合っている。
しかし平和だったのは、女子の自己紹介までだった。
男子の自己紹介が始まった途端、俺は信じられないものを見た。
「中学までずっと委員長などをやってきましたが……」
イケメンだ。
「知っていると思うけど、僕はプロのヴァイオリニストで……」
イケメンだ。
「剣道一本!」
イケメンだ。
「私はこの学級の担任で……」
教師まで若いイケメンだ!!!!
なんだここは。次々と繰り出されるイケメン自己紹介に、連続ダメージをコンボで食らってノックダウン寸前だ。イケメン(その2)だけで終わりではなかった。こんなに一カ所にイケメンが揃っている状況なんて、今まで経験したことがない。
「今野璃子」さんは、イケメンが自己紹介をする度に、「すごーい」とばかりにぽかんと口を開けて、皆の拍手に乗っかっている。
その隙だらけの様子も可愛いと思いながらも、俺は気付いた。
俺でも、イケメン(その2)でもない。
そんなイケメン(俺)と入学式の日にぶつかった―――。
彼女が。
「主人公キャラ」ではないだろうか。
どうやら俺は、ギャルゲーじゃなくて、乙女ゲーの世界に来たらしい。
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