三十二、晦冥のリドル

 そのうち第一や他の断片の兵士たちが、リドルを追跡し侵入してくることもなくなって、第五十六連隊が所属する断片は、見かけ上秩序が保たれているようだった。赤い月が消えることはなくなり、アガサは、自分を追って処刑者オーガストが来ることもないだろう、といたく歓喜していたが、ジュジュは、それはどうかな、と思っていた。処刑者として定義づけられている彼なら、そのためにすべての断片に侵入できるのではないだろうか。しかし結局、このマッドサイエンティストを捨て置くことに決めたのか、断片が完全に離れてしまったがためか、処刑者がやって来ることはなかった。

 第一の隊員たちは今頃は恐らくすべて怪物的なリドルに成り果て、街を破壊し、最後は荒廃した断片を彼らが永遠にさまようだけになるのだろう。

 この断片では健康――運動やダイエットに関して何かが著しく効果的だという報道がなされると、誰もがそれに殺到し品薄になる、という日々が続いている。人々がバーや喫茶店で話すのは近しい誰かや有名人に対するとりとめのない愚痴だ。兵士たちはリドルに対して監視や対策を続けていたが、それら怪物の姿を見ることはあまりなく、それでもたまに、彼ら自身も信じていないであろう異形の影を、ジュジュは暗がりに目撃することがあった。

 ラドクリフ隊長はときおり思い出したように、ジュジュに〈勇士〉の力を用いて断片統合を果たしてほしいとほのめかしていたが、そうするつもりはなく、しばらくすると彼もその話をしなくなった。

 消滅していたはずのリンダリア大陸の他の都市群もいつの間にか現れていた。断片が他の世界に取り込まれたのだろうか。そこでは大帝国はいくつもの小国に分裂しており、イスカンダール皇子や他の名だたる英雄に関しても誰も知らないようだった。

 気がつくとリドルそのものが都市からは消えていた。

 ジュジュは銀朱の外套を着て駅前にいたが、もはやそこにラドクリフ隊長が来ることはなかった。

 兵士たちの献身によってリドルを完全に解明できたのか。あるいは最初から存在していなかったのか。最後には一万近くに分かたれていた銀朱の連隊のいくつかは、他の断片で未だに戦い続けているのだろう。

 いつの日か自分以外の〈晦冥の勇士〉が現れ、遠く離れたすべての断片を一つに戻し、英雄として君臨するのかも知れない。その日を待ちながら、ジュジュは日々、第五十六連隊の最後の一人として街をさまよった。

 誰もが彼女を見ていないようだし、存在していないかのように振舞う。

 恐らく第一連隊の兵士とは別の形で、自分はリドル化しているのだろうとジュジュは理解した。

 太陽のごとき、英雄的な解明者が沈んだ後は、晦冥に沈む影のように、都市から乖離してただ観測を続けながら、流離うしかないのだ。

 ただ二つ目の月が赤く照らす黄昏時、ジュリエット・ジャッジは永遠に解明されず、どこかへ歩き去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

晦冥のリドル 澁谷晴 @00999

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ