三十一、断片の暴走

「どうやら色々と尽力してくれてるようだけど」ラドクリフ隊長が駅前で、報告に来たジュジュに対し言った。「部下どもを呼び寄せるのにはかなり苦戦しているようだな」

「すいません、これもわたしの不徳の致すところで、責任を取ってヒラに戻るのも視野に入れつつ」

「何を言ってるんだジュリエット、どうして辞めることが責任を果たすことになるんだ。俺は常々思ってたんだよ、社長とか政治家が何かあるとやめる。それを見て視聴者は多少スカっとするかも知れねえが、何も解決してない、そいつが逃げてむしろラクになったっていうだけの話じゃねえか? なぜそうなったのかを明確に解明し、事態をきちんと収束させて、今後同じようなことが起こらないように方法論を確立するとか、そういう礎となるアプローチ以外は『責任を果たした』なんてことにはならねえと思わないか?」

「そうかも」

「だから責任を取って、とかいう格好つけた言い方はよして、面倒だから逃げますさようなら、って言うべきなんだ。お前はそうするつもりか? 俺はそれでも構わない。俺もそうしたいしな」

「そうではないです」

「ならもうしばらく部下たちを相手してやってくれよ。最近なにかあったか?」

 ジュジュはアガサが地下で新兵器を暴発させたことや、新入りのローランドが実は〈顔無しローザ〉というスフィンクスの潜入員であり今後もスパイを続けていくと告白したこと、掛け持ちの兵士〈密売人のダニエラ〉が麻薬密売組織を乗っ取り暗黒外の顔役になったこと、装具担当のローギル司祭ハスキルが飲酒運転で人を撥ね、遺族に報復として自宅を爆破されたことなど、最近の事件を話した。

「どいつもいい具合に焼きが回ってるな。全員クビにしたいがそうすると支部が機能しなくなっちまう。この断片も落ち着いているようで、未だに安定はしてねえし、ほかの変な連隊がやって来て妙な具合になる可能性も捨て切れねえ。お前が〈勇士〉としてのパワーですべての断片を統合してくれれば問題は解決するがな」

「あんまりそういう気にはなれないですね」

「そうか。今や連隊は数千にまで分裂し、断片がヤバい勢いで拡散していると大隊長から報告があった。日々の変化を注視すべきだ」

「かしこまりました」

 隊長の危惧は当たっていた。町全体が徐々に濃い霧に覆われるようになっていった。最初はまた喫煙ブームが続いているのかと思ったがそうではないようだった。夜な夜な空には赤い二つ目の月が昇った。第一連隊の断片から流れてきたらしい巨大生物が何体か出現し、それを追ってきた英雄的兵士に討伐された。

 そのうち都市の外との連絡が取れなくなった。ウェスタンゼルスは余りに多くの断片群に分かたれたせいで、リンダリア大帝国から乖離しているらしかった。都市を出ようとしても、どこまで行ってもウェスタンゼルス市が続いている。

 そんなある日、シャーマン隊長が訪ねて来た。スフィンクスの幹部――アガサではないようだったが――を追跡して来たとのことだった。第一の断片はすさまじい勢いで暴走している。ベネディクトは太陽が昇っている間ずっと寝ていて、周辺の住民も同じように眠り続けているという。ダニエル・ハヴォクは今や近くの生物すべてを無差別に竜に変え、それらを屠り続けるという殺竜マシーンと化した。〈反駁のセルマ〉は言動だけではなく呼吸や心臓の鼓動といった生理現象にまで反駁するようになり、これまた人々を大量に虐殺した。長大な槍を武器にしていたエヴェリーナは今や五十階建てのビルほどの巨大な槍で怪獣を貫きまくっている。シャーマン隊長は彼らが暴走するに任せていた。スフィンクスとぶつかりあって共倒れでもいいから、都市を守ってくれれば良いと。イスカンダールやビョルンあたりはまだ自我を保っているが、いつまでもつか分からない、と言っていた。

「隊長は大丈夫なんですか?」

 すると彼女は五十秒ほど待って、「さあ」と言った。「私が暴走したり自我を喪失して怪物になっても別に良いんじゃない。許容、寛容、容認の心。あの断片は膨らみすぎた太陽みたいにもうだめだね。そのうちここも危ないって確信できると断言。おたくももっと遠くの断片に逃げたほうが安全かもしれないと進言」

 そう言ってシャーマン隊長は帰ったが、それがジュジュが最後に見た彼女の姿だった。

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