第13話 考えないで

 待ちに待った日曜日。

 私は朝からクローゼットの私服をいろいろ引っ張り出して悩んでいる。

 今日はお昼も外で食べることにしたから、ほんとに実樹とのデートみたい。


 たまに(実樹は一花ちゃんとしょっちゅうデートしてるんだろうな)とか

(あたしなんかとデートみたいなことして実樹は楽しめるのかな)とか

(一花ちゃんにあたしと買い出し行くことなんて伝えたんだろう)とか

(一花ちゃんはどう思ってるんだろう)とか

(ほんとに駿汰は気にしてないのかな)とか考えちゃうけど、

 せっかくのことだし、今日は実樹と過ごす時間を純粋に楽しみたいって思ってる。


 エントランスで実樹を待っていると、ほどなくして反対側のエレベーターから実樹が出てきた。

「おはよ」

「おはよう…」

 実樹がちょっと照れくさそうに挨拶するから、あたしにまで照れくさいのが伝染してしまう。


 あたし達は電車に乗って隣の市の中心部まで買い出しに行くことになっていた。

 駅まで歩く道は、いつもの坂と違って坂だとは気づかないくらいなだらかに続いている。

「なんか、この道を実樹と歩くのって新鮮だね」

「ほんと。俺にとっては晶といえば安楽坂やすらぎざか、くらいなもんだからな」

「ひどっ!ほかにもなんかあるでしょーが」

「晶といえば、ポテチとか…」

「それは実樹がうちに来るときに出してるだけだよ!普段そんな食べてないっ」

 こういう会話は昔からほんとに変わってない。


「新鮮といえばさ。晶のそういう格好も新鮮だよな。

 学校のときは制服かジャージだし、家で遊ぶときは普段着じゃん?今日はなんかお洒落してるなーって感じ」

 また実樹の頬が赤くなって、照れくさそうな顔になった。

 あたしがお洒落してきたってわかってくれたのがすごく嬉しい。

 やっぱり伊達にモテメンじゃないんだね。


「どう?見直した?」

 勇気を出して、冗談っぽく聞いてみた。

「今さらだよ。幼馴染みの俺でも、お前は可愛い方だって一応わかってるつもりだから」

 褒めてくれたはずなのに、実樹の一言であたしの心はまた重たくなった。

 今日もやっぱりその足枷をあたしにはめるんだね…


 うきうきしていた心が沈みそうになる。けど、今日は実樹との時間を楽しむって決めたんだ。

 なんとか気を取り直そう。

「そだ!今日はお店どこから回る?」

「荷物多くなるとメシ食うときに邪魔になるし、まずは小物を探そうぜ」

 話題を転換して、あたしの気持ちもかろうじて転換させることができた。


 隣の陽北市はあたし達の住んでる市よりも人口が多くてお店が充実している。

 駅から少し歩けば大型のホームセンターもあるし、駅の周りだけで用事がすみそうだった。

 駅前の文具店で小物を買い出し、ホームセンターに行く前にお昼を食べようとお店をぶらぶら探しているときだった。


「すみませーん。ちょっといいですか?」

 男女二人組の大人が声をかけてきた。一人はプロっぽい大きなカメラを抱えている。

「はい?」

「陽北市のタウン誌『ふぁーど』を発行してるヨンケイリビングの者です。今度『ふぁーど』で”イマドキカップルのデート事情”っていう特集を企画してまして。お時間あったらご協力いただけませんか?」

 30歳くらいの綺麗な女性がメモを片手ににこやかに話しかけてくる。

「えっ!カップル!?」あたしはひるんだ。

「えっと、うちらは…」


「はい。大丈夫ですよ」

 にこやかに微笑む実樹。


 えっ!?カップルってことにしちゃっていいの――?


 たじろぐ私は目に入っていないかのように女性が実樹に話しかける。

「ありがとうございますぅ!あなた達かわいらしくてビジュアルもいいから、写真付きで紹介させてもらいたくって。ちょっとこちらに二人並んでもらえます?」

「はい」

 呆然とする私の肩を抱いて、にこやかに実樹が立つ。

「女の子の方、もっとカレシに寄り添って!頭を彼の肩にのせる感じで少し傾けて!はい、笑顔でね!」

 ノリノリな3人に巻き込まれて、あれよあれよという間に2ショット写真を撮られてしまった。


「今日のデートの目的は?」

「ショッピングです」

「いつもはどんなデートをしてるの?」

「俺ら家が近いし部活も一緒なんで、あんまり外でデートしたりしてないんですよ」

「陽北駅周辺で行ってみたいお店あるかしら?」

「俺詳しくないから…晶はどう?」

「えっ!?あたし?…えっと…」

「前にお洒落なカフェ行ってみたいって言ってたじゃん」

(そういえば夏休みに勉強やりながら話したかも)

「あ、ナナツカフェのことね!」

「さすが、カノジョさんは素敵なお店チェックしてますね~。笑」

 …こんな感じでインタビューもさくさく進んでいく。


 インタビューのお礼にとこの商店街で使える共通商品券をあたし達に渡すと、出版社の人はにこやかに去って行った。


「商品券ラッキーだな!メシ代の足しになる」

「ちょっと実樹…!大丈夫なの!?」

「何が?」

「だって、デート特集で、あたし達カップルって…」

 動揺しまくりのあたしとは対照的に、実樹はいたずらっ子みたいにニヤニヤしてる。

「隣の市のタウン誌なんて知り合いは誰も見ないって。それにカップルのふりしてインタビュー受けるの面白いじゃん」

「うちの高校に陽北から来てる人だっているんだよ?もし一花ちゃんが記事読んだりしたら…」

 今日は一花ちゃんの名前は口に出さないって決めていたのに、思わず出してしまった。

 実樹は一瞬眉をひそめたけど、気にしていないといった様子で言った。

「大丈夫だろ。他の女とならともかく、晶となんだし。冗談でインタビュー受けたって言えばすむ話だよ」

「そうかなぁ…」


 嘘をついたこと、一花ちゃんを悲しませるかもしれないということが引っ掛かった。

 けど、ほんの一瞬の嘘でも実樹とカレカノになれたことは恥ずかしいながらもすごく嬉しかった。

 結局、後ろめたさよりも嬉しさの方が勝ってしまったあたしはインタビューのことはあまり気にしないことにした。

 ――それが後々あんなことになるなんて思いもせずに――


 ランチは結局、インタビューで思い出したナナツカフェに行くことにした。

 一度行ってみたかったお店に実樹と行けることが信じられなくて、あたしはずっとはしゃいでた。

 人気店だけあってお店に入るまでしばらく並んだけれど、実樹と二人でいられたから待ち時間もあっという間に感じられた。


 ようやく席に通されてあたし達は腰を落ち着けた。

 ナチュラルモダンな内装と贅沢な座り心地のゆったりしたソファ席が大人っぽい雰囲気で心地よい。


「晶、楽しそうだな」

 注文したランチが来るまでの間、キョロキョロと見まわしながら素敵なインテリアに目を奪われていたあたしを見て、実樹が微笑んだ。

 微笑む実樹は見慣れているはずなのに、その時の微笑みはいつにも増してやわらかい感じがして、あたしは自分の顔が熱くなるのを感じた。


「う、うん!だって来たかったお店に来れたんだもん!

 雑誌で見るより実際の雰囲気の方がやっぱり素敵だなーって思って」

「そっか。来れてよかったな」

「うん!待ち時間長かったのに、付き合ってくれてありがとね、実樹」

 あたしがそう言って笑いかけると、実樹の頬も赤くなった。

 なんかお互いにいつもと調子が違うような…。

 なんだか付き合いたてのカップルが初デートに来たときみたいなぎこちない緊張感がある。


 一花ちゃんとも、いつもこんな風にデートしてるのかな…。

 なんて一瞬頭をよぎった想像を、あたしは慌ててかき消した。


 あたしが感じているぎこちなさを実樹に悟られないように、たわいもない話を一生懸命にしていると、注文した料理がテーブルに届けられた。

 あたしがオーダーした一番人気のサラダボウルとフレンチトーストのランチと、実樹がオーダーしたお肉のワンプレートランチだ。

「わぁぁ!おいしそう~!盛り付けもおしゃれ~!」

 あたしは目を輝かせて自分のお皿と実樹のお皿を交互に見る。

「俺的には野菜より肉にもっとボリュームが欲しいとこだけどな」

「え~!これだけお肉のってたら十分じゃん!」

「食べ盛りの男子には足りねえな」

「ね、ね、あたしのフレンチトーストちょっとあげるから、実樹のお肉もちょっとだけちょうだい!」

「えぇ~…。しょうがねぇなぁ。ただでさえ肉足りないのに、ちょっとだけだぞ?」

「あっ!待って!食べる前に写メらせて!」


 行きたかったお店に来れた記念と、実樹と二人で来れた記念。

 あたしの大切な想い出にしよう。


「晶、楽しい?」

 真剣にアングルを考えながら写真を撮るあたしに向かって、実樹はまたあのやわらかい微笑みで尋ねてきた。

「ん?もちろんだよ!めっちゃ楽しいし、嬉しいよ!」

 あたしは自分の素直な気持ちが実樹にまっすぐ伝わるようにって思って、実樹をまっすぐに見つめて微笑んだ。

「ん。そっか」

 実樹もあたしをまっすぐに見て、微笑みながら軽くうなずいた。

 実樹も楽しんでくれていることが伝わってきて、あたしの心はさらにふわふわと軽くなった。


「フレンチトーストうまっ!」

「でしょ?でしょ?卵液がすっごい浸み込んでるよね~」

「けどこれはメシじゃねえな。デザートだな」

「え~?あたしはこれで十分ご飯になるけど。

 でもやっぱ実樹のお肉の方がガッツリしててご飯って感じがする」

「ここってライスのお替りできねぇの?」

「こんなおしゃれなカフェでそんなこと言う人聞いたことないよっ」

 ご飯を食べている最中も、楽しい会話が途切れることはなかった。


 その後、もらった商品券でケーキとジェラートも半分こして食べて、体育祭の買い出しってことをすっかり忘れるくらい二人で楽しんだ。


「これで全部買ったかな」

「うん…リストにあるものは全部オッケーだね!」

 ホームセンターを出て、あたしと実樹は両手に荷物を持っている。

「さて、じゃあ帰るか」

「うん…」


 ほんとは帰りたくない。もっとずっと二人でいたい。

 明日からまた実樹は一花ちゃんのカレシに戻ってしまうんだ――


 電車を降りて、マンションまで続くなだらかな坂を上っていく。

「ほら、そっちの袋貸して。俺まだ持てるから」

「大丈夫だよ!重いの全部実樹が持ってくれてるし、これくらい平気」

「お前、この坂なめるなよ。安楽坂よりなだらかだけどダラダラ長いから意外と疲れるんだぞ」

 ダラダラ長くていい。荷物が重くてもいい。このままずっと実樹と歩いていたい。

 今日一日実樹と一緒にいて、やっぱり強く焦がれずにはいられない。

 あたしが好きなのは実樹なんだ。実樹が大好きなんだって――


 また涙が出そうになるけど、朝の決意を思い出す。

 今日は一日楽しくいようって決めたんだ。最後まで実樹と笑顔でいよう。


「あのさ…ずっと聞きたかったこと、聞いていい?」

 実樹が言った。


「…なに?」

「雷の日のこと。駿汰とケンカしたのはわかったけどさ。…別れ際、俺が見守ってるって言ったとき、なんで晶はあんな顔したんだ?」

「…あんな顔って…」

「うまく言えねーけど…今まで見たことなかったような顔。悲しいような、絶望したような、くしゃくしゃになった顔」

「……」

「駿汰には、お前のこと頼むって言ったら筋違いだってぴしゃりと言われたし。

 俺は余計な世話を焼いてるのかな」


 なんて言ったらいいのかわからない。

 笑顔でいようって決めたばかりなのに、どうしてこんなこと聞くの…?


「あの日、あんなに泣きじゃくるお前を見て、俺はショックで。

 俺が守ってやりたいって思ったけど、でもそれは俺の役割じゃないって思った。

 だから駿汰の後ろからお前を見守るだけにしようって思った。

 でも、お前にも駿汰にもそれを拒絶されたような気がした。

 もうお前達二人には俺の存在はいらないのかなって思った」


「そんなことあるわけない!」

 あたしは思わず遮った。

「実樹がいらないわけないよ。いらないわけない…」

 実樹が欲しい。心から欲しい。

 こんなにもあたしが実樹を渇望していることを伝えてしまいたい。


「俺、最近自分がわからないんだ。

 あの日、晶に拒絶されたって思ったら、すげー苦しかった。

 晶が泣いてると、たとえ拒絶されてるとしても俺がなんとかしてやりたいって思う。

 今日みたいにお前が楽しそうにしてると、俺が楽しませてるんだって思えてすげー嬉しくなる。

 …でもそれって、ほんとは俺が思うべきことじゃないだろ?

 晶に対しては、駿汰がそういう風に思うべきで、俺がそんな風に思うのは変だろ?

 俺は一花に対してだけそういう風に思うべきだろ?

 幼馴染みっていうのが、どこまで踏み込んでいいものなのかわからなくなるんだ」


「そんなの…あたしにだってわからないよ」

 わからない。実樹が何を言いたいのかわからない。

 あたし達の関係を取り除いて考えたら、それってあたしを好きでいてくれてるってことじゃないかとも思う。

 けど、やっぱり実樹の中では、あたし達の関係は絶対的存在なんだ。

 足枷が重すぎて動けない中で、あたしは何を考えればいいの?


「お前、俺のことは俺よりわかってるだろ?

 教えてくれよ…。俺はどうすればいい?

 考えれば考えるほどわからなくなるんだ」


 あたしは黙っていた。

 考えないでほしい。

 考えないで、あたしを守って。あたしを喜ばせて。

 考えないであたしを受け入れてほしい――


 でも、それを今あたしが口にしたら、実樹は本当に考えないでそうしてくれるの?

 一花ちゃんのことも考えないでいてくれるの?

 ”幼馴染み”っていう足枷をはずしてくれるの?


 あたしにはわかる。

 それでも実樹はきっと考えるのをやめないんだ。

 ”幼馴染み”のあたしのために。

 ”カノジョ”の一花ちゃんのために。

 ”親友”の駿汰のために。


「ごめん。変なこと言った。やっぱ忘れて」


 実樹の言葉にあたしはハッとして顔を上げた。

 いつの間にかあたし達はマンションのエントランスの前まで来ていた。

 何も言えないあたしに、実樹はいつもどおり右手を肩まであげてバイバイのポーズをして微笑む。

「今日はお疲れ。また明日な」

 エレベーターに向かいかけて、あたしの方を振り向く。

「そうだ!明日この荷物忘れんなよ!」

 何事もなかったかのようにエレベーターの中に消えていく実樹の姿を、あたしはただただ見送るだけだった。

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