第3話 けじめ

 森川さんが実樹に告白して1か月経った。


 告白した翌日、森川さんからも実樹と友だちから始めることになったって報告を聞いた。

 それからは、彼女から毎日のようにLINEの内容に関する相談とか、実樹の好みとか、いろいろな相談を受けた。


 森川さんはほんとにい人で、実樹のことに一生懸命で、あたし達はいつのまにか下の名前で呼び合うくらい親しくなった。

 廊下で話していると、通りかかった実樹や駿汰が話に加わるときもあった。

 実樹や駿汰の前でも森川さんはぶりっ子にならず気さくなままで、なんだか4人で友だちになったような感じがした。


 でも、時々どうしようもない不安があたしを襲う。

 彼女…一花いちかちゃんはとてもいい子だ。

 きっと実樹にもそれは伝わってる。

 二人が付き合うのは時間の問題だ。

 そうなったとき、あたしはどうするんだろう――


 ―――――

「ねえね、晶ちゃんちのクラス、林間学校のファイヤーストームは何を出し物にするの?」

「んー、なんか職員室の先生達をネタにした寸劇やるみたいだよ。一花ちゃんちは?」

「うちのクラスはただのダンスみたいだけど、あたしダンス下手でさぁ」

 廊下で取りとめのない話をしていると、実樹が歩いてきた。

「お、晶と森川さんじゃん。何話してんの?」

「ファイヤーストームの出し物の話だよ。4組は何やるの?」

「俺んとこ、電飾使って遊園地の夜のパレード踊るってことになってさ」

 実樹は珍しく困ったようなしかめ面をしている。

「なんか知んねーけど、俺がプロデュースしろって話になったんだよ…」

「えー!?なにそれ!そういうの普通はダンス部の人とかが仕切るんじゃないの!?」

「まあ、踊りの振り付けはダンス部の奴がやるんだけどさ、踊る曲とか全体構成とかを決める役に推薦受けちゃって」

 いつの間にかあたしの背後に駿汰も来て、一緒に話を聞いている。


「じゃあ、みんなで遊園地行こうぜ」

 突然駿汰が提案してきた。

「実樹、パレードの研究が必要だろ?今度の週末、みんなで遊園地に行って実樹に協力しようぜ」


「えっ!!行きたい!!」一花ちゃんの目がキラキラ輝いた。

 そうだよね。実樹と遊園地行けるなんてまたとないチャンスだもんね。

「晶ちゃんも行くよね!?」ニコニコと微笑みかける一花ちゃん。

「え、あたしが行ったらお邪魔虫じゃ…」

 ほんとは一緒に行きたいくせに、すぐにこう言っちゃう自分が嫌になる。

「そんなわけねーだろ。みんなで行こうぜ」と実樹が屈託なく言う。

「晶が行かなかったら、俺が本当のお邪魔虫になるだろ」飄々と駿汰も言う。

 こうして、あたし達は4人で初めてのお出かけをすることになった。


 部活が終わっての帰り道、あたしは実樹に確認した。

「一花ちゃん、ほんとは実樹と二人で行きたいんじゃないかなぁ」

「なんで?森川さんも4人で行けること、めっちゃ楽しみにしてたじゃん」

 そうなんだよね。二人で行きたいなんて素振り、微塵も感じさせてなかった。

 でも、実樹のことが好きなんだから、ほんとはきっと二人だけで行きたかったはず。

 あたしだったらそう思うもん。

 そう――あたしだって本当は、実樹と二人で行きたい。


「ああいうタイプ、俺が今まで付き合ってた中にはいなかったよなぁ」

 実樹がしみじみと言った。

「俺が晶と一緒にいると、たいていのコは悲しそうにしたり、嫌な顔したりしてたじゃん?」

「え、実樹気づいてたの?」

「当たり前だろ。俺そんなに鈍感じゃねーよ」


 あたしの気持ちには気づいてないくせに、よく言うよ。

 …もっとも、あたしの気持ちに気づかれたら終わりだと思ってるから、絶対に隠し通すつもり。

 実樹のそばにいられなくなるなら、嫌いな関係でもこのまま続けていたい。


「森川さんはさ、俺と晶が一緒にいても、屈託なく入ってくるじゃん?楽しそうにしてるじゃん?それがいいよね」

「うん。一花ちゃん、ほんとに好い人だと思う。私も」

 ―この言葉は私の本心―


 信号を渡って、いつもの安楽坂やすらぎざかの歩道に入る。

 歩道の幅が狭まるから、いつもここからは実樹があたしの前を歩く。

 小学校からの通学路で、この暗黙のルールができて10年になる。

 実樹の後ろ姿を見ながら10年間この坂を上っているんだ。

 実樹は前を向いたままあたしに言った。


「…俺にとってはさ。カノジョの存在以上に、晶の存在が大事なんだよ」


 初めて聞いた言葉。

 心臓が飛び出そう――


「…どういう…」

「変な誤解すんなよ?

 …俺たちお互い一人っ子でさ、きょうだいみたいにずっと過ごしてきただろ?

 晶みたいな存在は俺にとって唯一無二なんだよ。

 カノジョは取り替えられるけど、晶を取り替えることはできない。

 俺、自分のカノジョにはそれをわかってほしいと思って」


 喜んでいいの?

 悲しむべきなの?

 あたしは実樹にとって唯一無二だけど、カノジョにはなれないってこと――?


「…わかる。あたしにとっても、実樹は特別だから」

 それだけ言うのがやっとだ。

「だからさ、お前もカレシになる奴にはヤキモチやかせないように、俺の存在を絶対に認めてもらえよな」

「そだね。そういう理解のあるカレシ、どっかにいないかなー」

「お前が誰かと付き合うときには俺が面接してやろうか?」

「やだー!保護者か!」


 もうすぐ坂を上りきる。

 いつもはそこでまた横に並んで歩くけれど、今日はこのまま実樹の後ろを歩いていたい。

 あたしの顔、今実樹に見られたらきっと気持ちがばれてしまう――


 ―――――

 土曜日。

 部活が終わってからあたし達4人は落ち合った。

 マックでお昼を食べて、電車とバスを乗り継いで郊外の遊園地に到着した。


 実樹と出かけるの、何年ぶりだろう?

 小学校くらいまでは、母親たちと4人でお出かけしたりしてたなぁ。

 中学で部活やるようになって、出かける機会が少なくなった気がする。


 梅雨入り前の天気の良い週末とあって、遊園地はかなりの混雑だった。

 それでも、あたし達4人は人混みをものともせず遊んだ。

 アトラクションの待ち時間だって、4人でいろんなことをしゃべってるうちにあっという間に過ぎた。

 絶叫系の苦手な実樹を列をだまして無理矢理乗せて大笑いした。

 お化け屋敷でまったく驚かず飄々としている駿汰を見て、一花ちゃんと怖さ半減だねって笑った。

 コーヒーカップで男子二人がものすごい回転させている様子を動画に撮って、後でみんなで見返して笑った。

 時間を忘れて遊んでるうちに、空は茜色から薄紫色に変わっていた。


「そろそろパレードの場所取りしとくか」と駿汰が言い出した。

「えー!? このアトラクションまだ乗ってないよぉ」あたしが駄々をこねると

「パレードの研究がメインだろ?忘れんなよっ」と実樹が突っ込んだ。

 メインストリートの歩道に座り込んで陣取ると、

「俺、ちょっとコーヒー買ってくる」実樹が一人で席を離れた。


「実樹くん遅いね…」

 時計を見ながら、心配そうに一花ちゃんが言った。

「自販機売り切れで、売店に並んでるとか」と駿汰が言った。

「さっき電話入れたんだけど出なくてさ。…あたしちょっと探してくる」

 もうすぐパレードが始まっちゃう。

 実樹何やってんだろ?


 人混みをかきわけながら、最寄りの売店に向かう途中であたしの携帯が鳴った。

「もしもし?実樹?今どこ?」

「メインストリートのはずれ。コーヒーカップの前にいる。

 …お前、こっちに一人で来れないか?」

「えっ?なんでそんなとこにいるの?迷ったの?」

「…うん」

「わかった。迎えに行くから動かないで」


 高校2年にもなって迷子って!…ってあたしは思わずニヤけてしまった。

 そういえば、小学1年生のときに母親たちとここに遊びに来たときも、実樹が迷子になってみんなで探したっけ…

 それにしても、コーヒーカップなんて売店と反対方向なのに、そんなに方向音痴だったっけ?


 たいした距離じゃないのに、パレード待ちで動かない人たちの中をかき分けていくのはずいぶん大変だった。

「いた!! 実樹!」

 周りの人より頭ひとつ分飛び出した実樹を見つけた。


「もぉ、高2にもなって迷子になるかなー」

 呆れる私に、実樹がむっとして言った。

「ちげーよ。わざわざお前を呼び出したんだろーが」

「…え?なんで?」


「晶と二人でパレードが見たかったんだ」

「えっ?」


 その時、パレードの開始を告げるファンファーレが鳴り響いた。

 遊園地に降りて来た薄い闇のカーテンから、幻想的な音楽とイルミネーションが観客に降り注ぐ。

 メインストリートを、電飾をつけた踊り子やキャラクター達が楽し気にステップを踏んでいる。


「覚えてる?小学校のとき、このパレード一緒に見たよな」

 実樹があたしに微笑んで言った。

 あたしはさっきの実樹の言葉が気になりつつも会話を続ける。


「覚えてるよ。前よりだいぶバージョンアップしてるよね。

 そういえば、パレードの前に実樹が迷子になって、あたしたち大変だったんだよね~」

「そこは覚えてなくていいけどな」

 と実樹は苦笑いした後に、視線をパレードのまばゆい光に向けたまま言った。


「…俺さ、今日はお前と二人で、もう一度パレードが見たかったんだ」


 それ、どういう意味…?

「どうしてあたしと二人で見たいの?」


 暗くてよく見えなかったけど、実樹は少し寂しそうな表情をしていたように見えた。

「けじめ、かな」

「けじめ…?」


「俺さ、今晩、森川さんに付き合おうって言おうと思って」


 ああ。―――とうとう。


 体じゅうの血が冷たくなった。


「晶のことが特別なのは変わらないけど、森川さんも俺にとって特別な存在になると思う。

 今まで女の子と付き合うときにこんな気持ちになったことなかったけど…

 なんか、今回はけじめをつけたいなって思ったんだよ」


 重い言葉。

 一花ちゃんは、今までのカノジョとは違うんだね…?

 あたしにとって覚悟の時が来たんだ…


「けじめなんて…。あたし達、何も変わらないのに?」


 諦めなきゃいけないところに来て、やっぱり諦めたくないって気持ちが膨らんでしまう。

 膨らんで、破裂して、叫びそうになるのを必死で抑えてる。

 一花ちゃんと付き合わないで!

 って言葉が今にも出てきそうなのを飲み込んでる。


「自分でもなんか変なこと言ってるって思うんだけどさ。

 …ごめんな。パレード楽しもう」


 実樹の本心をもっとえぐり出したいのに、実樹はそれきり黙ってしまった。


 けじめをつけなきゃ、一花ちゃんとは付き合えないの?

 あたしは実樹にとってどんな存在なの?


「好き」って言える勇気があればどんなにいいか。

 でもそれを言うには、実樹を諦める勇気ももたなくちゃいけない。

 大嫌いな“あの言葉”の関係にしかすがれないあたしは意気地なしだ――


 ―――――

 結局、一花ちゃんと駿汰には、人が多すぎて元の場所まで戻れなかったと言い訳した。

 一花ちゃんはあたし達がちゃんとパレードを見れたことがわかって「よかったぁ」と安心してた。

 そんな一花ちゃんに、実樹は「心配かけてごめんな」と優しく言った。


 家に帰ってしばらくした後、実樹から付き合おうと言われたと、一花ちゃんから電話をもらった。

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