第6話

「宇和島はええとこよ。愛媛でも南予は一番人が良いけん。あんたうちに来て正解よ」


田舎そばをすするサングラスを額にかけた遊び人風の男は熱弁する。

宇和島自動車バスで合流のあと、なぜか腹ごしらえとなり、来店したのがここ、そば吉。BGMもないワンルームほどの店内は静かで、他に客もいない。


「まあ、拾い主が社長さんやって彼も運が良かったわいな」


兵頭さんは『面倒な人』と言ったことはおくびにも出さず、そばを頬張り相槌をうつ。恭弥もあわせてそばを啜る。

男は普段から『社長さん』と呼ばれているらしい。どんな仕事をしているのだろう。兵頭さんも何も言わないので、社長と愛称がつくくらいだから、経営者だろうかと推測。

癖のある髪は少々薄く、春なのに小麦色に焼けた顔がぎらついている。見た目は60代前後くらいか。


「昨日は知り合いの個展に呼ばれとって。丸一日松山におったけんな……」


携帯電話を拾うまでの経緯と称した独演会は20分ほど続いた。訛りが強く半分聞き流したが、つまり同行した社員がバスの車内でたまたま携帯を発見したということだった。


「……ほう、住む家もなく愛南まで」

「ほうよ。この人の熱意も分かるんじゃけどな、今回は一旦東京に帰りて言いよった所よ」


一心不乱にそばを啜るうち、話題が恭弥自身に変わっていた。


「東京へ帰れ言うてもなあ。この子が自分で決めてきたことやろう? 部外者があれこれ勝手に口出さんでもええんやないかい」


なあ兄ちゃんと社長さんが呼ぶ。


「あ、はい」

「その決意が本気なんやったら、わしが協力してもええよ」

「――え」

「こら、余計なこと言わんでええ!」


兵頭さんは突然慌てたように声を荒げる。


「何が余計かね。貴重な若者やろう、協力したげたらよかろうがね」

「阿呆言いな、彼の人生がかかっとるんやぞ。そんな簡単に」

「人生なんか、やり直したい時からいつでもやり直せるわい」

「あんたはまた……!!」

「あ、あの」


白熱する言い争いに、渦中の恭弥はひとり狼狽するばかり。


「おい兄ちゃん!」


と、社長さんが呼んだ。


「は、はい!」

「あんたの意見はどっちぞね。東京に帰りたいんか、それとも残りたいんか」

「の、残れる、なら……」


向かいの席で、兵頭さんが無言で瞼を見開いている。まるでこれ以上喋るな! と叱咤されているようで、思わず口ごもる。


「兄ちゃん、はっきりお言いや」


恭弥を見て何やら察したのか、社長さんが「自分に素直になり」と優しく諭してくる。丁寧だが口調は荒々しい。


「あんたは、どうしたいん?」


しばらくの沈黙。二人の中年を眺め、思いあぐね、恭弥は意を決して顔を上げる。


「残れるなら、残りたい、です」


瞬間。ため息と歓声が同時に漏れた。


「よっしゃ! ほな決まりや、おいで」


兵頭さんは頭を抱え、社長さんは席をたつとかっさらう勢いで恭弥の腕を引っ張った。


「そんじゃ兵頭さん、この子が店に立った時は応援したって下さいや」


(……店?)


「あの、店ってなんですか」

「ほな行こか。勘定はわしが持ちますけん」


質問は無用とばかり、手早く支払いを済ませると店先に停めた黒塗りの車に恭弥を押し込んだ。

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木乃伊の恋 新矢イチ @iichii

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