第5話
「あーもしもし? そちらに携帯電話の落とし物は来とらんかな。内海支所の兵頭といいます」
大きな声が室内中に響きわたる。
「東京からお越しの若い男の人が捜されよるんです」
直後、周囲の視線がそろって恭弥に向いた。目が合うと、皆ぱっと顔を伏せてしまったが。
(最悪だ)
半端じゃなく居心地が悪い。
ここは愛南町の役場の一角。ドーム型の建物の一階部分にあり、隣は集会所になっている。
室内は大変簡素で、入り口と向かい合った壁側のモニターには、地元のPR映像が繰り返し流れている。あとは年季の入った観葉植物と、待合席が数席。来客は恭弥の他に、エプロンをつけた中年の女性と老夫婦だけ。
「大抵、行きのバスかJRで落としたんじゃなかろうかと思うんじゃけど……」
向かって左の「住民福祉係」の窓口の手前で、恭弥は蛇に睨まれた蛙のように、縮こまって座っている。
「ああそう、まだ届けは出とらんかね」
八幡浜から宇和島まで、JRの各駅停車で小一時間。そこから片道1400円でバスに揺られて一時間。あとは地図とにらめっこで、ようやくたどり着いたのがここ、愛南町の内海支所だった。
「あんた、移住者募集を見たとか言うたね」
ひととおりの連絡を終わらせた兵頭さんが、がちゃりと受話器を置くタイミングで話しかけてきた。
「本当に住む家も見つけんと越して来たんかな」
「……はい」
兵頭さんは不思議そうに恭弥を見て、ふむ、と顎をしゃくった。
「わしらも役場仕事やけんね。移住支援をする言うても、まずは書類審査をして町長さんの許可を取って、それからやないと物件の案内はできんのよ」
「はい、大丈夫です」
必要書類なら、あらかじめ調べて用意してきた。入居のための費用を覗いて、最悪の場合、無職でも数ヶ月はしのげるだけの蓄えはある。
あとは、携帯さえ見つかれば……。
「大体の手続きが済むまで宿泊するっちゅうても……、ホテル代が馬鹿にならんよ」
「大丈夫です」
「あんた車は持っとるんね」
「……免許だけなら、一応」
そう答えると、「やっぱりなあ」としみじみ言葉を吐き出す。
「田舎は生活圏が離れとるけんねえ。高知県からこっちに働きに来よる人もおるなし。車がないと、通勤に往復3、4時間はみとかないかんよ」
前言撤回。その言葉に恭弥は絶句する。
「あんた、いっぺん東京に帰って考え直してみんはいな」
「いえ、それは」
そのとき再び電話が鳴った。兵頭さんは少し迷ったのち会話を打ち切り、「はいもしもし?」受話器を耳に押し当てる。
「お兄ちゃん、兵頭さんの言うとおりよ」
と、今度は隣の「環境観光係」の窓口に座る中年女性が話しかけてきた。
さっきまで老夫婦と井戸端会議に華を咲かせていたはずが、耳はしっかりこちらに向けていたようだ。
ざっとみて50代半ば。細身で頬がこけ、一つに束ねた髪の毛は白髪が半分混じっている。
「何かあったかしらんけど、あんた無謀よ。後悔するよ」
女性は窓口から身を乗り出して、窪んだまぶたを大きく見開いた。
「後悔なんて……」
「あんた歳はね」
「に、二十八です」
ずけずけとした物言いに若干戸惑いつつ答える。女性は「ふーん」と言って恭弥の顔をまじまじ見つめた。
「フイアンセは? おらんの?」
「え? あ、はい」
「ああ。お嫁さん捜しに来たんかね」
「いえ、いや、違いますよ」
彼氏ならいたけど、失恋したんです。そう答えたら一体どんな反応をするだろうかこの人は。
「あんた、よく見たら男前やね」
「はあ……」
「うちに独身の娘がおるんやけどな」
「――えっ?」
「娘がいま家におるけ、車出せるで、ちょっと乗っていかんね」
「い、いえ、大丈夫ですよ」
なんだか話が怪しい方向に傾いている気がする。
「気にせんなし。ここらは若い男の人も少ないけん、娘も喜ぶわ」
「いや、大丈夫ですから本当に」
「菊ちゃん車出せるんけ?」
そこに電話を終えた兵頭さんが会話に戻ってきた。
「私はいつでもオッケーよ」
菊ちゃんと呼ばれたその女性は、頭のうえで丸印を作る。兵頭さんはすぐさまよしと言って立ち上がった。
「ほいたら行こか」
「あ、あの、待ってくださいっ、困りますっ」
「兄ちゃん、落とした携帯電話は黒色の二つ折りじゃ言うたね」
兵頭さんは恭弥の元へ歩み寄ると、足元に置いてあったリュックサックをひょいと持ち上げた。
「宇和島自動に拾い主が現れたと。でなあ、その相手がちょいと面倒な人なんですわ」
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