第27話 エピローグ
―10年後―
「チェックメイト」
深海はビショップの駒を静かに置いた。これで完全に詰みである。パッツォはしばらく盤面を睨め付けたあと、うぅむと唸った。
「降参だ。お前の勝ちだよ優一。本当に喰えない男だな。その頭脳、我がクラインベル家のために使ってくれるなら、手厚い待遇を約束するぞ」
「有難い話だけど、遠慮しとくよ。僕は誰かの下で働くのが苦手だからね」
二人はクラインベル家の応接間で、チェス盤を挟んでソファーに座っていた。
「お前は変わらんな」
パッツォは少し遠い目をしている。最初に出会ってから10年が経過していた。
「アンタは変わり過ぎかもね」
深海がクスクス笑っていると、応接間のドアが開き、小さな女の子がちょこんと立っていた。
「ぱぱ、ままがそろそろごはんできるよって」
パッツォは女の子のところまで歩いていき、女の子を抱き上げた。金髪の髪と、端正な顔立ちはそっくりだ。
「二人とも夕食の準備ができたわ」
遅れて顔を出したのは桜だ。一児の母になった桜は、落ち着いた雰囲気が漂う大人の女になっていた。しかし、素直な真っ直ぐな瞳は、高校生だった頃と変わらない。
深海はといえば、伸び放題の髪を後ろで束ね、無精髭も生えている。高校を出た後の深海は、すぐさま旅に出た。いろいろな国を当てもなく放浪し、一か所に根を下ろすことはなかった。今回も、そんな旅の途中で、クラインベル家に寄ったのである。
「せっかく久しぶりの再会だから、腕によりをかけて作ったの。今夜はゆっくりしてってね」
ずっと旅を続けている深海にとっては、温かい団欒の時間というのは本当に久ぶりだった。パッツォも桜も、みな良い顔をしている。そんな光景を眺めていると、深海も束の間の安らぎを感じるのだった。
また明日には放浪の旅に戻る。すべては通り過ぎていく。だからこそ、その一瞬一瞬を、深海はしっかりと噛み締めようと思うのだった。
―END―
鳥籠の冒険譚 空美々猫 @yumesumudou
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