後半戦!
モールの中に入ってまず僕は、自分のとった行動に呆れてしまった。
案内板に行き全フロアの喫煙所のチェックだ。
体は正直である。
先程あんなことがあったので自粛せねば。
心でいくらそう思っても、ソワソワしっぱなしだ。
中指と親指で一本摘んで口元に寄せる。
この日の為にメンテしたジッポ。メッキを磨き、石とオイルも交換した。
それにて首を少々傾けくわえたたばこに右手をかぶせ、左手でジッポに火を起こし…点火。
ジジ…
と焦げる小気味よい音。
そんな渋い自分の姿を想像していた。
衿を立てられるようにポロシャツまで着てきたのだ。
しかたないのだ。
この日の為に今まで我慢してきたのだ。
目標としてきた日。
今日がゴールな訳だ。
ここで吸わずじまいだと自分は今まで何をしてきたのだと思う。
「パパ、7階に行こう~、オモチャ売り場。」
ハルカに促されエスカレーターで7階まで向かった。
手摺りを触っちゃ危ないよ、と注意してやったりしながらも。
心は踊り狂っていた。
さて。
超太郎のフィギュアも買った。
ついでにトイレの消臭スプレーも買っておいた。
ついに僕は念願のタバコを吸える!
僕はそうしてハルカに促した。
トイレ、今のうちに行っておきなさい。
帰りにしたくなってはいけないからね。
ここは2階の生活用品売り場。
トイレは西側にあり、そこから50メートル先にテラスがあり灰皿が設置されてある。
青空を見つめながら一服できるなんて…幸せだなあ。
もう、なにもかも、カ・ン・ペ・キ…♪
「今出ないよ。」
へ?
…なんですと?
ハルカさん、今何と…?
「来る前にしてきたからおしっこ出ない。」
な、なんてことだ…
ここまできて計画が頓挫するとは…。
本当に出ない?
「出ないよ。」
ちくしょうっ!
娘の膀胱が空っぽなのがとてつもなく悔しい!
こうなったら!
…この下の喫茶店でジュースでも飲んで帰ろうかハルカ。
そう言う僕に対しハルカは
「お外のケーキ屋さんがいい。」
と言った
。
こ、このやろ。
あんなに必死にこのモールの全喫煙場所を暗記したのに。
…しかたない。
取り敢えずケーキ屋にハルカを連れてゆき、彼女の膀胱を満たすことに努めよう。
パウンドハウス。
そういう名前のケーキ屋につき、フルーツミックス生ジュースとアイスコーヒー、それからこの店名物の焼きシュークリームを二つ頼んだ。
「パパ~ん~おいし~ん♪」
ハルカが至福な顔をして僕に言った。
ジュースを啜っている。
ジュルジュルと。
ふふふ、飲め飲め、たんと飲め。
なんならおかわりしてもいいゾッ。
そして席を立ちレジに会計に向かう直前に僕は言った。
…おしっこ大丈夫?
ハルカは一瞬躊躇したが
「行ってくるぅ」とトイレに駆け出した。
チャンス到来!!
僕はお釣りを引ったくる様に店の外に飛び出して小躍りした。
道ゆく人が奇異な目で僕を見ていたが関係ない。
震える手つきで僕はウェストポーチから新品のセブンスターを取り出した。
やっと会えたね。
僕は手の上のセブンスターに目配せした。
透明のフィルムをペリペリと剥がす…
そう、初めてナツミの服を脱がせた時のように。
冷静を装った興奮した手つきで。
ぐふ、ふ。
さて。
透明フィルムがブラジャーなら、お次はパンティーなる銀紙…
胸が高鳴る。
待ち遠しかった。
この日が。
どんなに苦しい思いをしてきただろう。
ついに銀紙を破ろうと手をかけた瞬間。
「あらぁ、四季村さん?」
…
ゲッ!
お隣りの村崎さんだ!
40代後半くらいのよく喋るおばさんだ。
ご近所では口が軽い事で有名でナツミも困っているそうだ。
話しが長い上に「ここだけの話し…」と聞きたくもないご近所さんのゴシップネタやスキャンダルを暴露してくる。
こんなとこで出くわすとは、参ったな…
うーむ…、
何食わぬ顔でタバコを吸うか?
しかし…
この人の話を聞きながらってのは美味しくないだろうな…
それに万が一、ナツミに
「お宅のダンナさん、タバコを吸う姿が決まってるわよね。すごく渋いワァ」
なんて言われてしまっては大変だ。
くっ、
くそぉ…
ここは我慢するしかない…か…
すると店からハルカが出てきた。
「あらぁハルカちゃんこんにちわ、いいわねぇお父さんとお茶してたの?」
「うんっ、生ジュースとっても美味しかったんだよぅー!」
「あらまあよかったわねぇ。お母さんは来なかったの?どこか行っちゃったの?」
「ママはねぇ…」
そこで僕はハルカを制し、妻を待たせてるのでまた、とその場から離れた。
家庭を詮索されるのが苦手な性分なのだ。
あれやこれや尾ヒレに胸ビレついて話し回されても困る。
「ママ待ってるの?」
うーん、帰ってるかもしれないからね、と僕は適当に濁した。
ポツリ。
あ。
「あめっ!」
ハルカが叫んだ。
それが号令かのように雨が土砂降りに降り注いできた。
うわあ。
一気にポロシャツがずぶ濡れになる。
ハルカもビシャビシャになっていたが何故だか楽しそうだった。
もうこうなったら雨宿りしても意味がない。
家まで走るぞハルカ!
「うんっ!」
なるべく水溜まりを踏まないように、あっ!
ウェストポーチが落ちてしまっ…
最悪だ…
今日の僕は相当運が悪いらしい。
車が通った時に撥ねた水をポーチはモロにかぶってしまった。
中身は…
財布も携帯も、そして肝心のタバコも…。
ずぶ濡れ。
土砂降りの中僕はうずくまってしまった。
ハルカは相変わらず自分からバチャバチャ水溜まりの中に突っ込んでいっていた。
…元気な奴だ…
ノーテンキ。
正にこの言葉がしっくりする。
「あはははは。ん?どーしたの、パパ?」
ハルカが駆け寄ってきた。
はああ…
僕は鳴咽を漏らした。
「落ち込まないでよパパ!」
その時ハルカが信じられない行動をとった。
自分の大事な超太郎のフィギュアを水溜まりに投げ入れたのだ。
僕は驚いた。
何をしてるんだ!と怒鳴ろうとすると…
「パパこれでおあいこっ!」
ハルカは満面の笑みだった。
「元気出して!あはははは!」
ハルカは…
こんなくだらない事でうちひしがれている僕を元気づける為に…。
胸の中で何かが熱くなった。
あはははは!
僕も笑ってみた。
「あはははは!」
ハルカも笑っていた。
二人で両手を掲げ、降りしきる大雨の中で一緒に高笑いをしていた。
向こうからナツミが傘をさして帰ってきていた。
あはははは!ナツミも一緒にどーだ?
「あはははは!ママ!楽しーよーぅ!」
ナツミが大声で怒鳴っていた。
「こらー!何やってんのあんた達はー!?」
アハハハハ!
ハルカと僕は二人で顔を見合わせて再び笑った。
家に帰ってハルカと風呂に入った。
雨を浴びた後の風呂は格別だ。
気持ち良すぎる。
ハルカも満更じゃない顔をして、のぼせそうになっていた。
「うぃ~、ごくらくじゃ~。」
うむ!僕もそう思うぞ!
…もしかしたら。
僕は、喫煙なんかよりも楽しい快楽な一日を過ごしているのではないだろうか。
離れないと身近にある幸せはなかなか感じられない。
タバコもそうだった。
禁煙したから吸っている時の快楽を欲しがり、吸っていた時期はそう大して快楽など感じていなかったのではないだろうか?
そんな気がする。
それに一時のものなのだ。
ザバァとお湯から上がりバスルームでハルカの体を拭いてやりパジャマを着させる。
リビングに戻るとナツミの手づくりディナーの美味しそうな匂いが立ち込めていた。
…お。今日はパスタだな?
それも僕の大好物のナスのミートソースだっ!
「わーい!スパゲッチー!ハルカ、モリモリ食べるー!」
ハルカのこの元気さ。
それと外ではしゃいでた姿。
根拠はないが僕は安心していた。このコが根暗になるなんてありえない。
「いっただっきまーす!!」
三人で合掌して始める夕ご飯。
ナツミがハルカに今日のお昼からの出来事を聞いていた。
「んっとね、モールでオモチャ買ってもらってー…んーと、シュークリーム食べてね、ジュースも飲んで…」
「あら、ハルカ?」
ナツミがハルカの髪を一筋すくった。
「髪の毛、ここ、どしたの?変色してる。」
僕は慌て説明した。
そして、てタバコはいかんなあ。
と最後に付け加えた。
ふいにナツミが立ち上がり、サイドボードから何かを掴んで食卓に戻ってきた。
…あ、それはっ!
セブンスターの濡れてぐしゃぐしゃになった箱だった。
「どーも今日はいつもと違うなぁ、変だな~て思ってたのよ。」
冷や汗たらたら。
「いつからタバコ吸ってたの?」
あ、あ…ちが、…違うんだ…ナツミ…それは、その
「なんて、ね。吸おうとして吸えなかったんじゃない?」
…え?
「フィルムだけ剥いて銀紙が破れてなかったの、これ。ずっと躊躇してたの?」
…ん?
「ポーチを干してる時に出てきた口臭消しガムもブレスケアも未開封。」
…ナツミ…
「…ずっと我慢してた?」
…ナツミ、僕…
「吸いたいなら吸いたいっていいなよ。」
泣きそうになった。
うちの嫁さんは物分かりが良いと友人達に自慢してやりたくなった。
「中の方に一本だけ無事でした。」
コトリ、とテーブルに雨から逃れた乾いたセブンスター一本が置かれた。
「吸っていいよ、私も今日わがまま言ったし。」
ハルカが次いで言った。
「吸っていーよ。ハルカも今日わがまま言った!」
雨はすっかり上がりベランダは夜風が気持ちよかった。
僕は体面にこだわらず安っぽい100円ライターで火を付けた。
ガラリとベランダの窓が開き、ナツミとハルカが僕を見て言った。
「どう?美味しい?」
僕は苦い顔をして答えた。
「まずい!!」
どうやら明日からまた禁煙出来そうだ。
今度の喫煙日はいつにしよう?
終!!
(この物語はフィクションです♪)
喫煙日和 ユーキチ @yuukichi
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