喫煙日和
ユーキチ
前半戦!
いつもの日曜の朝。
小学1年生になる娘が腹の上で跳ねていた。
「パパ、起きて♪今日はお買い物に連れてってくれるんでしょー?」
こましゃくれた口を利く年頃のハルカ。
「パパ、気持ち悪ーい。ニヤニヤしながら起きたー。」
そう、僕はこの日を待っていた。待ちに待っていた。
普通の日曜日だ。
しかし僕にとっては我慢に我慢を重ね、それを解禁する日。
今日だけだ。
取り敢えず三ヶ月タバコを吸うのを我慢してきた。
我ながらよく頑張った。
そして92日禁煙を達成した暁にはご褒美に一日だけ吸っていい日を設けようと決めていた。
…家族には内緒だ。
今更吸わなくても。と反対されるに決まっている。
勿論タバコの煙が苦手なハルカにも嫌われる。
しかしこの日がなければ僕は禁煙なんて出来なかったに違いない。
「パパ、肩車してぇ。」
ハルカを持ち上げ僕は窓の外を見た。
晴れやかな空が広がっている。
…いい喫煙日和だ。
さて…、家族にばれないように美味しくタバコをいただくのだ。
その完璧なプランを僕は頭のなかで反芻していた。
「いっただっきまーす!」
ハルカと僕、そして妻のナツミ。三人で囲む朝の食卓。
「やった!ハルカ、半熟だーい好きぃ!」
うむ、僕もそう思う!
あつあつでカリカリの目玉焼きに醤油をタラリ。
「アナタは醤油派なのよねぇ。」ナツミはそういって塩胡椒をパッパ。
僕は既に想像している。
このナツミの美味しい朝ごはんを平らげた後の一服を。
程よい満腹感の体に開封したばかりのセブンスターの煙をとりこむ更なる充足感。
そして肺に満ちた煙を吐き出す爽快感。
場所は既に決めている。
この後回覧板を届けに行く家の隣の公園。
言い訳もバッチリ用意している。
『やあゴメンゴメン、会社の部下から電話がかかってきてさ。そこの公園で話しこんでいたよ。』
…カ・ン・ペ・キ♪
「アナタどうしたの?」
ナツミにニヤニヤしてる顔を見られて一瞬焦る僕。
なんでもないよ、と生返事をして僕はご飯とみそ汁をかっこんだ。
さて…。
食事も済んでトイレも済ませた。
喫煙タイムだ!
さりげな~く回覧板に手を伸ばす。
すると洗いモノをしていたナツミが突然振り向いた。
思わず手を引っ込めてしまった。
「アナタどしたの?」
いやぁ…なはは…とわざとらしく頭をかく。
「あ、そうだ。夕方頃に義母様からチェリーが届くそうよ。」
あ、そう…とまたまた生返事。
「それも大量にあるらしいの。」ふぅん。
「おすそ分けしてもいいわよね?夕方に回覧板持って一緒にチェリーを和田さんに届けてくるわ。」
な…、なにぃ…?
なんてこと。
いきなり計画が狂ってしまった!
どうする!?
ここでチェリーなんて待たなくともいいじゃないか、と言うのも怪しまれるよなぁ…。
急に閃いた。
僕はジャージのポケットから携帯電話を取り出した。
アラーム音を着信音に設定する。
そして1分後に鳴るようにセット。
ふふふ…カ・ン・ペ・キ♪
これぞ偽装着信の術!
「プルルルルル!」
おや、と言わんばかりの表情で電話をとる僕。
はい、もしもし…、ああキミか、どうしたんだい?
仕事の話か、わかった、ちょっと外に出るから待ってくれ。
ナツミがきょとんとしていた。
ちょっと外で話してくる、と言うと…
ナツミがとても不審な顔をして言った。
「だ・あ・れ?」
え?
…いや、会社の部下だけど…
「ほ・ん・と?」
…う!や、やばい。
これは思わぬ疑いがかかっているようだ…!
「ここで話せばいいじゃないの。…それともここでは話せない話?本当に会社の部下なら問題ないじゃない?」
こ、こんなことになるとは…
僕はそのせいで、いない相手に10分も架空の仕事の話をしてしまった。
時には叱咤も織り交ぜながら…。
プロ野球のデイゲームがテレビで中継されていた。
僕は上の空でソファでゴロゴロしていた。
頭に浮かぶのはいかに喫煙するかということばかり。
僕にはアウトドアの趣味がない。
釣り、ゴルフ、ドライブ、スポーツ全般…皆無だ。
唯一の趣味が模型造りなんてことが今本当に忌ま忌ましい。
ギャンブルは嫌いだが、同僚が毎日曜日パチンコに行っているのを思い出し恨めしくなった。
ああ。
外に出る理由が欲しい!
「ねぇ~ん。あなた~ん♪」
急にナツミが猫撫で声で僕に覆いかぶさってきた。
な、なんだ?
「久々にアキナ…、友達にね、ランチ誘われたのぅ。」
僕の心は思わず踊った。
しかしきわめて慎重に。
ここですぐにOK出して変に勘繰られてはかなわない。
僕とハルカのお昼ご飯は?と問う。
「インスタントラーメン…なら。具材なら冷蔵庫に色々あるからぁ…」
ふぅん、と適当に相槌。
これはまだOKな訳ではないとナツミもわかっているだろう。
さらに下手に出て来るはずだ。
「それと…欲しかったドレスがあるんだけどぉ、」
…なに!?
「か、買ってもいいかなぁ…?」
こ、このやろ。
僕だって、欲しい模型を我慢してるってのに…
いや、ここで怒っては駄目だ。
今日のために堪えるんだ。
タバコを吸えるこのチャンスを逃してはいけない…
…ふ~、と僕は不機嫌そうに鼻息を吐き出した。
いいよ、しかたないなぁ…
そう言ってごろ寝を決め込むポーズ。
ナツミは手を合わせて大層喜んでいた。
急いで着替えをしてきて、ハルカの頭を撫でながら
「今日のお昼ご飯はパパがおいし~いラーメン作ってくれるんだって♪」
そう言ってルンルンと出かけていった…。
ハルカがコップに二つ水を汲み、テーブルに並べた。
そして出来上がった味噌肉そぼろもやしラーメンを二人ですすった。
食べている最中も僕はタバコをどう吸おうかと悩んでいた。
ハルカを置いて外には出られない。
…すると家の中。
ベランダか換気扇の下、トイレ…。
ベランダはハルカに目撃される可能性がある。
換気扇の下も同様、それに僅かながらでも臭いが残ってしまう。
するとなるとトイレか…。
消臭スプレーをガンカンに振り掛ければなんとかなるかも…
決まりだ!
カ・ン・ペ・キ♪…かな?
「パパのうんち、臭い!」
いきなりハルカが言ったので、僕は肉そぼろを噴き出してしまった。
「朝ね、臭い消しシューッが無かったから臭かったんだもん!」
…!
な、なんてことだ…
消臭スプレーが切れてるのか!
また望みが絶たれてしまった。
神は僕がタバコを吸う事を許してくれてないのか!
そうなればそうなるほど吸いたくなる。
タバコタバコタバコ…
煙、煙煙…
ニコチン、ニコチンがほ、欲しい~…
「パパ!」
は、と我に返る僕。
「お買い物連れてってくれるんでしょ!?」
…は!
し、しまった。
そういえば最近、近所に新しくできたショッピングモールに連れてゆく約束があった。
これではハルカにますます束縛されることになる。
いや…待て。
モノは考え様だ。
例えば、ハルカをトイレに連れてった瞬間に、コソリと一服はどうだろうか?
…い、いけるんじゃないか?
よし!それでいこう!
こんな時の為にブレスケアスプレーと口臭消しガムは既に購入済みだ。
なんと、未来は捨てたモノではない。
神は僕を見捨ててなどいなかったのだ!
昼食とかたずけを済ませた後、ハルカと手を繋いで、しりとりをしながら歩いてモールに向かった。
ハルカが言った。
「ねぇパパ、ハルカ、奇面ライダーの超太郎くんのフィギュア欲しい。」
正太郎とは、奇面ライダーに変身する前の美青年の俳優がやっている役である。
娘のハルカはセーラープーンやブリチュアなどのアニメーションよりこちらの方が好きらしい。
よだれを垂らしながら超太郎を見つめるハルカの横顔は我が子ながらにゾッとした。
テレビゲームにしないか?
そうしたらパパとでも友達とでも遊べるぞ、と提案した。
「やだやだやだ!超太郎くんがいいのぅ!一日中こねくりまわして見つめていたいのぅー!」
いかん。
このままでは困ったコに成長してしまう可能性大だ。
取り敢えず美青年フィギュアは今回までだ…。
と、モールが目の前に迫った矢先、一人の男とすれ違った。
ハルカと歩く時は道の右側、そして車道側には立たせない様に意識していた。
つまり、その男は僕よりハルカの方を近くすれ違った訳だ。
「きゃっ」
小さなハルカの悲鳴がした。
何事かと思いハルカを見やると髪の毛が一筋焦げている。
彼のせいだった。
シンシャカシンシャカ、ヘッドフォンから漏れる音、グラサン、虎のスカジャンを纏い、そのゴツイ指輪をしている指先にはタバコをつまんでいた。
僕は思わず怒鳴っていた。
キミぃ!
歩きタバコはマナー違反だ!
もしハルカが火傷していたらたパパゃおかなかったぞ!
男は僕の方を一瞥すると何事も無かったように過ぎていった。
ヘッドフォンの大音量で僕の声など届いてなかったかもしれない。
ハルカ大丈夫か、と僕は腰を落とした。
「大丈夫だよパパ。あーぁ、だからタバコって大嫌い。」
ハルカが焦げた髪先をつまんでオチョボ口をした。
毎晩ナツミと交代にツヤツヤにトリートメントしているプリチーなハルカの髪。
ああ。
これはもう。
吸ってはいけないムードになってしまっているのではないか…?
(後半戦につづく!)
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