第195話 断章/談笑 常闇と暴嵐

 時は炎龍討伐直後までさかのぼる。


 強大なる厄災を打破し歓喜に湧く討伐部隊を、洞窟天井の裂け目から一対の相貌が瞰視かんししていた。


 この騒動を起こした元凶、暴牛王グガランナビルガメスである。


「喜ばしきかな、うたげ


 戦場につどった面子めんつ一瞥いちべつし、胸にこみ上げる喜悦きえつに思わず目を細めた。


 豪放磊落ごうほうらいらくな気持ちの良い人柄と、見た目に違わぬ重厚な一撃から、教会に『大嶽たいがく』ありと称えられた戦闘滅魔神官クルセイダー、アーガーベイン。


 春先からメキメキと頭角を現すと、今では勇者陣営内にて知恵袋として活躍し、つい先日にはビルガメスが投擲した斧を防いだ賢者、七瀬ななせあおい


 ルべリオス冒険者の憧れたるSランク冒険者であり、武勇見識共に秀でたものを持ち、今日もまた冴えわたる指揮によって仲間に勝利をもたらした智炎、フィンケル。


 同じくSランク冒険者であり、磨き抜かれた剣技をいかんなく発揮して、火竜の首を刎ね炎龍の猛攻と渡り合う氷姫、セシリア


 そして今、おのが力を示して見せた新たな風リベリオンズ、中村賢人と遠藤秀介。


 まさしく強者つわものの見本市、逸材の博覧会。


 これほどの顔ぶれが一同に会する機会など、滅多にお目にかかれるものではない。


「良き死合いであった。しかし……終幕よ」


 眼福を堪能したとばかりに、満足そうに修復した相棒たる戦斧を担ぎ上げる。

 己が懐をまさぐり何かを取り出そうとした所で、思い出したように視線をとある岩の裂け目へと向けた。


「そう睨むな。

 名もなき戦友ともよ」


 研ぎ澄まされたビルガメスの五感は、裂け目の奥に控える赤い光点を捕捉した。

 息を殺して常闇に潜み、この暴牛王の動向に気を配っていたのである。


「案ずるな、手出しはせぬ。

 これほどの猛者が揃う好機に殴りこめぬのは惜しいが、な」


 ビルガメスほどの強さがあれば、炎龍ごと討伐全隊をみなごろしにすることは容易たやすい。

 しかし、彼の誇りがそれを許さない。


 万全の相手に威風堂々と名乗りを上げ、正面から挑むのがビルガメスの美学であった。


 互いに全身全霊を賭けた死闘に横槍を入れることや、戦いを終えた疲労困憊の勝者を狩ることは、戦士の道に外れた所業と嫌悪していたのである。


「そなたとは、いずれ雌雄を決そうぞ。

 それまで壮健そうけんであれ」


 古の豪傑は、かつてこの場所で衝突した好敵手へ再戦を誓う。

 忍ばせていた宝玉が光り、鎧を纏った巨体は跡形もなく消えた。




 相手が完全に消失した後、光点の存在した影が急激に盛り上がる。

 人ならざる者が、横たわらせていた体を起こすような光景であった。


 ふくらみが人の背丈ほどに達すると影が霧散し、内側から黒衣の人物が現れる。

 冒険者クロード、もとい影山かげやまとおるであった。


「申し訳ないが……君が戦う相手は私ではない。

 頼りになる弟子が、遠くない未来に相対することになるだろう」


 豪傑の一方的な宣誓に律儀に返答した後、眼下に広がる討伐部隊を俯瞰ふかんする。

 二人の元クラスメイトが、周囲から手荒い祝福を受けていた。


「それはそれとして……だ」


 フィンケルから乱暴に撫でられている中村なかむら賢人けんとを視認した師は、悩み事でもあるのか首を傾げながら腕を組んだ。


 影山の胸中には、一つの懸念点が存在した。


 先日の夜、蝶の羽ばたき亭ベランダにて、影山は中村と対話する機会があった。

 その際、彼が確かに発した『遊んでくれた・・・・・・』という言葉が、どうにも引っ掛かってしまったのである。


 ただの思い過ごしであるのならば、それに越したことは無い。

 しかし、これが中村賢人という人間が持つ闇の一片が、表面に漏れだしたのであれば放置しておくことは出来ない。


「もしも……もしも村上綾香との再会が、円満なものにならなかったら……」


 他者が抱える心の闇を、全て引き出して解消する。

 そんな精神分析の極地のような神業、人生経験の乏しい影山には不可能であった。


「頼む……クラマ」


 己の表情をチラリと観察しただけで、心の奥底まで見通す相棒へ全てを託し、ビルガメスの監視役は再び影を纏った。

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