第196話 恋愛アクセラレータ

 村上むらかみ綾香あやかによる中村なかむら賢人けんとへの抱擁を見届けた後、クラマは何も言わずにその場を後にした。


 長年のわだかまりが氷解し、最高の形で心をさらけ出し合って再会できた今、橋渡はしわたし役の自分がいるのは野暮やぼであろうと、年長者の経験から察したのである。


 向かった先は、街の中心部から外れた人気のない路地裏。

 手ごろな木箱を見つけ、休憩とばかりにその上に腰掛けた。


「お疲れ様」


 幽霊にでも話しかけるように、突然石塀へとねぎらいの言葉を掛ける。


 すると、石塀に伸びていた建物の影の一部から、白い仮面が浮き出てきた。

 別行動をとっていたクロードが、役目を終えて帰還したのである。


 外套の下には、無数のナイフに始まり【黒剣・双影】【黒刀・繊月宗近せんげつむねちか】と臨戦態勢の出で立ち。


 強敵との激戦を覚悟した重武装であるが、結果としてそこまでには発展しなかったことが雰囲気から伝わる。


「最初から見させてもらった。

 期待以上の成果に舌を巻くばかりだ」

「……あんたがナカムラの相談に乗ってあげるのが、一番だったんじゃないかい?」


「残念だがそれは無理だ。

 私は諸事情で村上に会う事は出来ないし、中村から本音を引き出せるほど聞き上手ではない。

 だからこそ、感謝している」

「そうであろう? 感謝しろい。あと十回、別々の言葉でねぎらって」


 山伏は自慢げに胸を張った後、何かを思い出したように大きなため息を吐いた。


「でもさ……明日になったらまたムラカミは王城に帰っちゃんだろう?

 せっかく心が通じ合えたのにまた別々なんて、なかなかじれったいつがいだねぇ」

「そんなクラマに一つの朗報を持ってきた」

「ほう?」


「今回の遠征を指揮した教皇猊下が、『勝利の余韻に水を差すのも何だろう』とおっしゃっていて。

 村上や七瀬ら討伐に参加した勇者は、ダンジョン街内限定ではあるものの、明日まで留まって良いと通達が来たそうだ」

「そりゃあ最高だ。

 これ以上ない追い風じゃないか」


 少年少女が語り合う時間が丸一日伸びた事実に、クラマはまるで自分の事のように嬉しそうに両手を合わせた。


「今日はここで解散としよう。

 夜遅くまで付き合ってくれて助かった」

「ちょい待ち。

 あんたはどうするのさ?」


 彼女の問いに、影山は人差し指で天井へと差す。

 示した場所は、地上の冒険者ギルドであった。


「ギルドマスターへ、今自分が持ちあわせる全ての手段を使って、試験の日程を延期させるように働きかける」

「すごい事言いだしたよ、この師匠。

 ナカムラを気遣っての事かい?」


「試験勉強真っ最中の中村に、炎龍討伐の準備をさせてしまった負い目がある。

 それに、」


 言葉を切って、クラマが歩いてきた方角へ優しい視線を向ける。


 両想いであったことをようやく受け入れられた少年が、少女と語り合っている様子を見守っているようであった。


「今の中村には勉強よりも大切な事があるはずだ、それを曲がりなりにも師匠として最大限尊重してあげたい」

「なるほど。あんたの心意気は理解したよん。

 その上であえて口を挟ませてほしい」


 木箱から降りて、カラコロと影山の前まで迫る。


「やらん方が良い。

 ただでさえ龍討伐の後始末で忙殺されてるってのに、新しい仕事増やしたらギルド職員死ぬって」

「珍しい、ギルドマスターを心配しているのか?」


「あいつはいいよ。

 心配しているのはカレラちゃんの方さ」

「……炎龍討伐の際に、冒険者を集めるために王都中を走り回ったんだったか。

 確かに、酷か」


「それに、目的がナカムラの試験合格ならより、ね?」

「この夜の一連の出来事は、勉強の阻害にはならなかったと?」


 影山の懸念点を払拭するように、クラマは自信満々な表情で胸に手を当てた。


「好きな子の前なら、いつも以上に頑張っちゃうのが男の子ってもんだろう?」


◆◆◆


 鬱屈していた少年の心は晴れ渡った。


 中村は思いが通じ合った彼女を連れて、リベリオンズの元へと戻ったのである。


 パーティメンバー一同は、突如出現したリーダーの想い人に驚愕した後、ここに至る経緯を説明されて快く受け入れた。


 さらに、ダンジョン内の街から出れない村上の事情を考慮して、ローザの提案にて洞窟内の宿に泊まることに決まる。


 流石パーティ随一の切れ者というべきか、影山の『今晩臨戦態勢』という指示から予測していた遠藤は予め宿一件を抑えており、宿探しに街中を歩き回る苦労は免れた。


 そして、街中が討伐の興奮冷めやらぬ朝。 


「スライム系の魔物モンスターの名称は、似た名前が多いから気をつけてね」

「いろんな種類に進化しすぎだよ! シャドースライムって何⁉ もう、どんとこい!」


 宿の一角から、ほんの少しだけ逞しくなった勉強苦手少年の悲鳴が聞こえた。


 勉強会の存在を知った村上は、是非中村の手伝いをしたいと名乗り出てくれたのである。


 ダンジョン博物誌を隅々まで読み込んだその知識量は本物であり、幼馴染の勉強の癖を熟知した指導法は、追い込みをかけたい中村にとっては大変ありがたかった。


 龍の討伐という寄り道は、勉強の妨げにはならかった。

 結果としてこれ以上はないであろうという、万全の布陣が完成したのである。




 国家認定冒険者証の試験は、明日に迫っていた。

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