第193話 白黒つけるまでが恋愛

 家に帰るまでが遠足ということわざが語り継がれている。

 これは討伐にも応用可能な金言であった。


 帰路の確保は勿論の事、素材採取、負傷者の手当など、目標をほふれば終わりという訳にはいかない。

 加えて、今回のように他勢力との合同作戦時では、もう一つ重要な事柄が残っていた。


 論功行賞である。


「あなたが龍に決定打を与えたリベリオンズのリーダー、ナカムラ殿で間違いありませんね?」


 設けられた特設のテントの中で、中村なかむら賢人けんとが姿勢を正して座っている。

 テーブルを挟んで彼に問い掛けるのは、厳格な衣装を身に纏った妙齢の女性。


 彼女は王城勤めの書記官である。

 現場の人間の証言を書き記し、討伐対象の素材を勢力ごとに分配する際、客観的な視点にて公平に分配するために派遣されていた。


 今回は牙・鱗・内臓をはじめ、血液に至るまで捨てる箇所の無い龍と竜の亡骸。

 いさかいの起こりやすい希少な素材からか、その表情は平時より引き締まった印象を受ける。


「はい、僕と遠藤君の合体技で、炎龍の胴体部分を大きく抉りました」


 中村賢人は何も着飾らず、ありのままを伝えるよう心掛けた。


 過大に報告すれば周囲から顰蹙ひんしゅくを買って孤立し、逆に謙遜しすぎると報酬の取り分が少なくなってしまうからである。


 書記官も認識の齟齬が発生することを防ぐため、証言を一言一句正確に記していく。

 その様子を見て中村は、ふと勉強会でエストに教わった豆知識を思い出した。


 たしか新人のうちは、まわりを立てた謙虚な報告をする方が先輩に可愛がってもらえて、今後の冒険者生活において大きな益となるであったか。


「僕達だけでは発動できなかった方法でした。

 全体を指揮してくれたフィンケルさん、引き付けてくれたセシリアさんやアーガーベインさんのおかげです」

「しっかりと記録させていただきます」


 聴取はつつがなく進み、必要なものはほとんど答えたであろうと中村が感じた時であった。


「……最後に一つだけ」


 明らかに書記官の雰囲気が変化したことを、中村は日本時代から培った人の顔色を窺うスキルにて察知した。


「はい?」


 反射的に怒られてしまうのではないかと、上ずった疑問符を返してしまう。

 しかし、彼女が続けた言葉は、叱咤とは全く別のものであった。


「……あなた達の活躍で王都の平穏は守られました。

 ルべリオスの民を代表して、深くお礼を申し上げます」


 王国の文官としてではなく、一人の人間として謝礼。


 その時、中村の中で何かがストンと落ちた。

 急展開続きで追いつけていなかった心が、ようやく達成感を受け止めているようであった。


 取材を終えた中村は、晴れ晴れとした気持ちでテントの暗幕をめくって外にでる。

 最功労者であるためか、他よりも若干長く時間を取ってもらった気がした。


 周囲は勝利の高揚もほどほどに、冒険者が素材の採取に奔走していた。

 生肉、特に内臓は早く腐るため、セシリアをはじめとした冷気を得意とする者たちが早急に凍らしている。


 自分も何か手伝えないかと、駆けだそうと足に力を込めたその時であった。




「賢人くん?」


 喧騒の中、その小さな呟きを確かに中村の耳は捉えた。


 刹那少年の心中を駆け抜けるいくつもの単語。

 憧れ・躊躇・長馴染み・分不相応・高嶺の花。


 確認したくないものをそれでも確認しなければいけないように、中村は恐る恐るといった様子でゆっくりと振り返った。


 目が覚めるような美少女が立っていた。


 村上むらかみ綾香あやか

 一言では表せない関係の彼女も、七瀬と共に駆けつけていたのである。


「賢人くんを……見つけるために……私頑張ってたんだ……ずっとずっと。

 けど……賢人くん無事で……強くなってて……それで」


 言葉を続けるごとに、少女の端正な目尻に雫が溜まっていく。


 存在を確かめるように、この奇跡が夢ではないと確認するように、彼の頬に綺麗な両手が迫ってくる。


 そして、



















 中村はその手を反射的に払ってしまった。


「賢人くん?」


 拒絶された彼女は、震えた声で再び幼馴染の名を口にした。


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 炎龍討伐 論功行賞


【金十字戦功】

 冒険者中村なかむら賢人けんと

 ・勇者中曽根一行の救出

 ・応援部隊が到着するまでの炎龍足止めによる功績大

 ・炎龍討伐における決定打による功績大


 冒険者遠藤えんどう秀介しゅうすけ

 ・勇者中曽根一行の救出

 ・応援部隊が到着するまでの火竜足止めによる功績大

 ・火竜七体討伐

 ・火竜五体討伐補佐

 ・炎龍討伐における決定打による功績大


【銀十字戦功】

 冒険者エスト・コメレル

 冒険者ローザリンデ

 ・勇者中曽根一行の救出

 ・応援部隊が到着するまでの火竜足止めによる功績大


 冒険者フィンケル・ヘルフリート・シュミットバウアー

 ・火竜一体討伐

 ・火竜四体討伐補佐

 ・応援部隊における冒険者陣営の指揮

 ・炎龍討伐における的確な指揮による功績大


 冒険者セシリア・フリーダ・アンネリーゼ

 ・火竜三体討伐

 ・炎龍討伐における足止めによる功績大


 戦闘滅魔神官クルセイダーアーガーベイン・アイズンハマー

 ・火竜六体討伐

 ・応援部隊における教会陣営の指揮

 ・炎龍討伐における足止めによる功績大


 勇者七瀬ななせあおい

 ・火竜三体討伐

 ・火竜十一体討伐補佐

 ・応援部隊における勇者陣営の指揮


【鉄十字戦功】

 該当者多数


【備考】

 中曽根一行らも火竜一体討伐の功績があるものの、無断でのダンジョン潜入に始まる多くの罪状を鑑みて戦功なしとする。


 騎士団も応援部隊が到着するまでの火竜足止めの功績があるものの、中曾根一行をボス部屋へ通した失態を鑑みて戦功なしとする。

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