第184話 勇者召喚術式

 特異点や切り札などの、この場に到るまでの疑問は全て解消した。


 しかし、辿り着いたこの部屋を一瞥いちべつすると、新しい疑問が浮上してしまう。

 特異点の周囲、すなわち鳥居に接続するように設置されている、無数の術式についてである。


「カ……」


 説明を請おうとして、やめた。

 結果的に意味不明となった自分の発言に、国王が怪訝な表情を向ける。


 願いとして求めたのは、特異点に対しての説明だけ・・である。

 更なる説明を願うのであれば、新しい献上品を差し出すのが筋であろう。


 今の自分に差し出せて、目の前の権力者を満足させられるものはあるか。

 すぐには答えを見つけ出せず、口元に手を置いて考え込んでしまう。


「……時に、カゲヤマ。

 そなたの職業ジョブは、戦士ウォーリアであったな?」


 突然国王が、こちらへ確認の言葉を投げかけた。


「……いいえ、忍者アサシンです、カイゼル様。

 行動に制限をかけられたくはなく、偽りの職業にて申請しておりました。ご容赦を」


 少しの躊躇の後、自分は本当の職業を伝えることにした。


 この非公開の場で偽ることによる利点はない。


 むしろここで偽ってしまうと、後に真実が暴かれた際、国王からの信頼関係に余計なこじれを生み出す原因となる。


 何より、極秘中の極秘を開示してくれた相手に対して、こちらが嘘をつき続けるのは心苦しかった。


忍者アサシン……特異職業ユニークジョブか」


 国王は、虚偽の報告に対する怒りを表さず、むしろ面白い玩具を見つけたような笑みを浮かべて髭を撫でた。


「……確かにありのままに申せば、周りから希少な人材として持ち上げられ、そなたにとってはさぞやりにくかったであろうな。

 ゆるす。この件はこの場のものだけの秘密としよう」

「寛大なご処置、感謝いたします」

「して、腕っぷしはどうだ?」


 老人の視線は、こちらのてのひらに向けられていた。


 自分もまた、今日まで苦楽を共にした己の身体を見やる。

 これまでの災難と努力が傷として残る、お世辞にも綺麗とは言えないが、誇ることのできる頑強な五体であった。


「まだまだ井の中の蛙ではございますが、冒険者ギルドの討伐依頼は一通りこなせると自負しております」

「実に結構」


 カイゼルは頷いた後、近くの魔法道具が置かれた台に腰掛けた。


「今後、一度だけ力を貸してくれ。無論、事前に状況を説明し、同意を取るという形にする。

 承諾すれば、対価として術式を説明しよう、どうだ?」

「……喜んで馳せ参じさせていただきたく思います」

「よろしい」


 流石は人の上に立つ傑物とでも言うべきか、こちらの心中をすべて読まれたうえで、会話の主導を握られてしまった。


「これは勇者召喚の術式。

 言うなれば、そなた達がこの世界に訪れることとなった、きっかけそのものだ」

「特異点自体に、人を引き込む力はないという訳ですね?」

しかり」


 先ほどの国王の言葉を借りるなら、特異点はあくまで世界の架け橋、人を渡すためには別の力が必要となるのであろう。


「技術の話になってしまうが、別世界から人を召喚するなどという術式は、我がルべリオスの技術の粋を尽くしても完成できなかった。

 しかし、」


 国王は一度言葉を区切り、虚空の渦をチラリと見る。


「別世界を地続きにする特異点があれば、別の場所の人間を召喚する術式が作れてしまえばよい。

 そのような妥協によって、技術的問題を突破したのだ」


 技術者とは言えない自分にも、今のカイゼルの言葉は感覚的に理解できた。


 人を別の場所に移動させるのと、人を別の世界に移動させるのとでは、必要とされる技術に隔絶という言葉では生ぬるいほどのへだたりが存在する。


 故に新しく一から作るのではなく、もともと存在していた超常現象をうまく利用したのである。


「……もしよろしければ、術式の大まかな仕様をご教授いただいてもよろしいでしょうか?」

「教えること自体は問題ない。

 しかし……今すぐには出来ぬ」


 これまでいかなる質問にもよどみなく答えてきた口から、初めて歯切れの悪い言葉が出てきた。


「専門的な知識を多く必要としてな。

 完全な説明を行うには、後日担当の宮廷魔術師を召喚する必要がある」

「カイゼル様」


 相手の注意を引きながら、隣の頼もしい術式専門家の背中に手を当てた。


「こちらは私の仲間なのですが、術式を読み解くことに非常に優れております。

 どうか彼女に、術式解析の許可を願います」

「用意がいいな。

 よろしい、この場以外の人物に口外しない事を条件に許可しよう」


 相手の許可をとってから、横の紅の瞳へ視線を移した。


「クラマ、頼む」

了解りょーかい


 指示を受け取った彼女は、解析の作業を始めるために対象へと駆け寄っていく。


「はーい。ちょっとくすぐったいですよん、てね」


 今から触れる術式に対して、まるで病人を触診する医者のような台詞を吐いていた。

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