第183話 特異点の正体
「聞かせる上で都合の良い場所がある、こい」
国王カイゼルは、決断からの行動が実に迅速な男であった。
執事に扉を開けさせ、ここではないどこかへと歩いていく。
国の頂点にここまで労力を割いてもらったというのに、いつまでも
「国王のご厚意、感謝の言葉もございません」
自分こと
彼は王城から一旦出た後、隣の建物へと近づいていく。
あまり大きな建築物ではなく、不気味なことに窓が一つも取り付けられていない。
「中でどんなことが起こっても、外に漏れる事はなさそうな場所だねぇ。
このまま、知られてはいけない秘密を知った愚か者を、人知れずに始末しようとか……」
「こら」
野暮な耳打ちをした山伏の
クラマは、ペロリと舌をだして反省したような表情を見せた。お仕置きを受け入れる、
彼女の示唆した可能性を自分も考えはしたが、極めて低いであろうと結論付けていた。
会話を通じて、カイゼル国王の人柄がある程度掴めてきたからである。
相手の能力が判明していない状況で仕掛けるなどという軽挙を、この賢人は決して起こすことは無いであろう。
「カゲヤマ様、クラマ様、こちらへ」
執事が豪華な扉を開くと、特徴的な部屋が出迎えてくれる。
内部は円形で広々としており、天井には布一枚をまとった筋肉質の男性や、しなやかな女性が大勢描かれている。
床には複雑な魔法陣が描かれていた。
既視感のある内装に、遠い昔のように思える記憶が蘇ってくる。
「……私たちを召喚した場所……ですよね? カイゼル様」
「然り、我々は『再臨の間』と読んでいる」
こちらの確認を肯定した国王は、魔法陣には目もくれず部屋の奥へと歩いていく。
深い皺の刻まれた手で、壁に描かれていた模様の一つへ、はめていた指輪をかざした。
すると、壁の一部が奥へと凹み、土煙を上げながら横へとずれていく。
「覚悟があるなら、この先へと進むが良い」
隠し扉へ歩いていく国王が、背中越しに警告を投げかける。
「ご心配なく」
要求したのは他でもない自分なのである、ここで尻尾を巻いて逃げかえる選択肢などはない。
即答しながら先導者の背中を追った。
◆◆◆
「これが、特異点……ですか」
真実を見せられた自分の口から漏れたのは、困惑と興奮に震えた声であった。
見慣れてしまった中世ヨーロッパ風の光景の中で、
フルコース料理の中に、寿司が混入してた気分であった。
朱一色に塗られた木材が、やけに見覚えのある形式にて組まれている。
台石を履き、黒い笠木を上に乗せて、腐蝕して文字が読めない神額も掲げられていた。
鳥居。
日本人である自分にとって、親しみ深い故郷の象徴が一基鎮座していた。
しかし、神社に置かれている代物とは大きく違う点が一つ。
妖魔の世界に続く入り口とでも表せばいいのか。
鳥居の内側を、黒の光が無限の奥行きを感じさせながら虚無の渦を巻いていた。
かつて鬼塚から聞いた、この宇宙に存在すると提唱されているワームホールが実在するとすればこのようなものか。
鳥居の周囲には、装置に接続された配線のように、いくつかの術式の線がはしっていた。
「これが特異点。
希望の
神聖ルべリオス王国における、極秘中の極秘ともいえる神秘を、国王は淡々と解説し始める。
「元々は山奥に住んでいた
それを、まだルべリオスが公国であった頃の王、アンファング・フォン・ルべリオスが武力にものを言わせて強奪したと伝えられている」
視線を向けると隣の
クラマは、今まで見たことがない険しい表情で特異点を見つめている。
少女に見えるこの山伏は、実は自分の人生の何倍も長い時を生きてきたのではないかと、今までの会話の端々から何となく察してはいた。
恐れ多くて年齢を確認したことは無い。
であれば、今カイゼル国王が述べた
何か変な気を起こしても離さぬように、掴まれた細い手をしっかりと握り返す。
完全な我儘になるが、自分は彼女に闊達なままであってほしかった。
クラマは驚いてこちらへ振り返った後、こちらの内心を読み取ったのかようやく表情を和らげた。
「安心せい、あんたの顔を潰すような馬鹿をしでかすほどあたしは若くない」
相方がいつもの様子に戻った所で、国王へ特異点を見て思った疑問をぶつける。
「見た所、どこかへ繋がる入り口のようですが」
「然り。
向こうはそなたたちの世界……教会では『
別の次元までを地続きにする、世界の架け橋だ」
「……では、もし私がここに入って歩き続ければ」
「そなたの想像通りだ。多少時間はかかるであろうが、元居た世界へ帰還できるであろう」
「……あぁなるほど」
この瞬間、抱えていた疑問が氷解した。
「クシュナー元老は、この特異点が勇者達への『切り札』になると発言しておりました」
「……何だと?」
かつてあの老人はティファに、特異点は勇者が神聖ルべリオス王国に歯向かった際、飛び切りの切り札となると豪語していた。
勇者コトミネと決闘を繰り広げ、今後の展開次第ではルべリオスの敵になるかもしれない元勇者の自分には、到底無視することが出来ない内容である。
多少のリスクを冒してでも、是非とも確認しておきたかった。
「私はその言葉の真意を、今ようやく理解しました」
「……あやつめ、よほど口が軽いと見える」
王の発する声色が、明らかに下がった。
自分に向けられた怒気ではないはずなのに、腹の底にヒヤリとしたものを感じる。
それほどまでに、元老に対する彼の失望は暗く冷たかった。
「……言峰をはじめとした召喚者たちに、帰還方法を人質にとることだったのですね」
現在国王をはじめとする一部の権力者は、勇者が誘拐同然で連れてこられた子供であると理解している。
『切り札』とは、『特異点を王国が独占している限り、お前たちは元居た場所に帰れないぞ』という、子供の望郷の想いを利用した脅しなのである。
国に反発し日本へ帰りたいと願う勇者ほど、逆らう事は難しくなるであろう。
「理解してなお、冷静に務めてくれているそなたの対応に心から感謝しよう」
「何をおっしゃいますかカイゼル様。
秘め事を赤裸々に語ってくださった恩、生涯忘れはしません」
目の端で、アイアタルが帯剣から利き手を離していた。
万が一のために臨戦態勢をとってたのであろう、見上げた忠誠心である。
「……個人的な興味になるが、そなたは激怒を覚えぬのだな」
「……は?」
不可思議なものを品定めするように、国王はこちらの態度を指摘した。
顎に手を当てて逡巡し、すぐに相手の言葉の意図を理解する。
自分が怒る様子も怒りを抑える様子も見せなかったことが、不気味に感じさせたのだ。
『切り札』の内容は、勇者からしてみれば面白くないものである。
特に生徒会長である
――否、彼女の反応こそ正常で、何も怒りを発露しない自分こそが異端なのである。
思えば、自分はこの世界で実に恵まれた一年を過ごしていた。
幸運にも強くなれる手段と場所を持ち合わせ、
盟友柿本との関係も変わらず良好であり、ある程度心を許せる仲間にも出会えた。
今も信頼できる相棒が、傍に控えてくれている。
さらに言えば、我が身に降りかかった不条理を受け入れるしかないという生き様が、実に
そのような充実が、『切り札』の内容を大したことではないと思わせてくれたのかもしれない。
「恐れながら、カイゼル様。
もし私が直情的な性格であれば、今この場所にまでたどり着くことは無く野垂れ死んでいたことでしょう」
「なるほど、理屈と感情を分けて考えられるのだな。
今の我々にはありがたい」
こちらの回答に得心したのか、国王の視線は、不気味なものを見る目から興味深いものを見る目へと変質した。
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