第182話 見返り四つ
「願いが四つ? 過多ではございませんか?」
国王の懐刀たる執事セバスが、相手の強欲さを牽制するように鋭く質問を切りつける。
「重々承知しております。
絶対に叶えて欲しい願いは一つのみ。残りの三つは出来ればで良い、とお受け取りください」
『第二の切り札』である人物を下がらせた影山は、微笑を保ったまま受け答えた。
国王カイゼルは、品物を選定するように瞼を閉じて顎髭を撫でる。
「……では、その絶対に叶えて欲しい願いとやらから聞かせてもらおうか」
「承知しました、では――」
影山は一つ咳ばらいをした後、『絶対に叶えて欲しい願い』を語り始めた。
◆◆◆
「――と、以上が絶対に叶えて欲しい願いの内容となります」
「そうか」
願いの詳細を聞いた後、国王は誰もいない方角をふと見つめた。
まるで壁を透視しているような振る舞いは、向こう側に存在する誰かを思い出しているように見える。
「よろしい、聞き届けよう。
偶然にも、
「ありがとうございます!」
国王の了承に、影山は喜の感情が含まれた声で感謝を示す。
ここまで至って平静を務めてきた彼が、初めて少年のような綻んだ表情を見せた。
カイゼルも、我慢していた可笑しさが漏れたように、フッと息を吐く。
「抜かりの無い男だお前は。
「……会談の円滑な進行のため、下調べはさせていただきました。どうかご容赦を」
「うむ」
カイゼルは頷きを
「では、残りの『出来れば』の願いも聞かせてもらおうか」
「はいカイゼル様。二つ目の願いは、勇者達が冒険者に成ることの許可でございます」
場に漂う空気の緊張感が一気に跳ね上がる。
国の政策に口出ししたのであるから、当然の結果であった。
「……あくまで出来ればでございますから」
「まぁ、待て」
影山が雰囲気を読んで取り下げようとした所、意外にもカイゼルが待ったをかけた。
「そなたが同郷の人間として、勇者を気にかけていることは理解した。
その上で、こちらの質問に答えてもらおう」
「カイゼル様のご厚意、感謝の言葉もありません。」
影山の下げた頭を上げさせてから、国王は問い掛けた。
「その案を施行することで我、ひいては王国に何の得がある?
彼らの誰もが、英雄になる可能性をその身に宿している。下手に自由を与えてしまえば我らに背き、将来国の脅威になるやもしれん」
「ご懸念ごもっともでございます。
しかし、それは勇者たちが国に対して、不信感を募らせているからこそ起きる図式かと考えております」
「その点はどのように解決する?」
「はいカイゼル様。
国に対しての不信感についてですが、これはある程度の自由を与える事そのものが解決策になると愚考します」
「その心は?」
「言峰をはじめとした勇者は、現在の元老院による徹底的な管理体制に不満を持ち始めております。
その不満が爆発したからこそ、今回の中曽根の暴走のような事件が発生してしまったとは考えられませんか?」
「……早耳だな。
確かに、これ以上王城に勇者を縛り続ければ、我々との信頼関係に亀裂を走らせるであろう」
「御明察恐れ入ります。
それこそ、先ほどカイゼル様がおっしゃった、離反による国の脅威にもなるやもしれません。
ここでカイゼル様が自由を約束すれば、不満を感じているものほど『恩』を感じるかと」
勇者との敵対という事実が効力
「よろしい、元老院を制裁し勇者の管理権を取り上げた暁には、冒険者に成ることを許可しよう。
しかし、許可の時期と場所はこちらで決めさせてもらうが、納得できるか?」
「ご留意いただけただけで、私の願いは達成されたも同然。
なんの不満がございましょうか」
「うむ。
次の願いを聞こうか」
カイゼルの言葉に、影山は横に控える憲兵へ一瞬視線を送った後、口を開いた。
「三つ目をお話しする前に、認識の確認をさせていただきたく存じます」
「何だ?」
「先日のエクムント二等伯爵を逮捕した際、黒狐の少女を保護したかと思います」
国王が横を向くと、憲兵団第二分隊隊長アイアタルは緊張した面持ちで頷き、彼の説明が事実だと国王に伝える。
「彼女の今後について、私から一つ提案をさせていただきたいのです」
「よろしい。
アイアタル、これはお前の裁量に任せる。この後で話し合え」
「はっ」
アイアタルは、ただでさえ険しい顔つきをさらに険しくさせ、直立不動の姿勢で国王の指示に返事をした。
「さて、最後だ」
「はい、私の最後の願いは……」
ここで影山は自らを落ち着けるように、心の臓府がある場所に手を当てた。
国の政策に口出しした時でさえ見せなかった張り詰めた様子に、国王もまた心中で気を引き締めた。
「特異点。
その真偽を国王であるカイゼル様にお伺いしたいです」
空気が凍った。
横に控える従者二人が、信じられないものを見る眼差しを、言葉を発した少年に向ける。
「……誰から聞いた?」
国王も、慎重に言葉を選んだのか、少ない単語で影山に聞き返した。
「クシュナー元老からです」
「なるほど……奴め、知っていたか」
カイゼルは人差し指で、テーブルをトントンと叩いた。
この瞬間、国王の心中でクシュナーという哀れな老人の末路は決定したのかもしれない。
「よろしい、知っていることを教えてやろう」
「陛下!」
青ざめた執事に対して、国王は何てことはないように手を振った。
「構わんさ、こやつの優れた情報網があれば、遅かれ早かれ真実に辿り着くであろう。
であれば、我が今こやつに説明する形で『恩』として売っておく方が得策というものよ」
まさか要求が全て通るとは思わず面食らっている影山に、国王はこの会談で初めて笑みを浮かべた。
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