第181話 幽霊会談

 王城ヴァンシュタイン、瑠璃鳶るりとんびの間。


 王族が利用する場所としては珍しく、テーブルと向かい合ったソファーだけが置かれた、実に簡素な造りの部屋である。


 国王カイゼル・フォン・ルべリオスは、この寂しい室内のソファに腰を下ろし、頬杖をつきながら現在の状況へ思案にふけっていた。


「……時代という代物が『平穏』と『激動』の繰り返しであるととらえるならば、今は間違いなく激動の時と言えるであろう」


 魔王の結託、

 勇者召喚、

 挙句の果てにはビルガメス襲来とこれに派生する炎龍出現。


 出来事に呼応するように、元老院や教会が慌ただしく動き出し、王国内の停滞した情勢に化学変化を引き起こしている。


「転換期が訪れたという訳か……」


 勇者サトウと魔王の相打ちによって訪れた100年の平和。


 その長く安穏あんのんとした時間をもちいて作り上げられた絡繰からくりが、全ての歯車が揃ったことで動き出したのである。


 この変革はどこまで連鎖し、どこへ向かって収束していくのか。

 国の頂点として最後まで見届けたいものだと、カイゼルは口元に笑みを浮かべた。


「陛下、お見えになりました」


 執事セバスの渋みのある声が鼓膜を叩く。

 顔を動かさず視線だけ向けると、アイアタルが扉を開いて来客を招き入れていた。


「失礼します」


 はじめに入室したのは、額に火傷の跡がある少年であった。

 腕には、先ほどまで纏っていたのであろう黒い外套が、丁寧に畳まれて掛けられている。


 服装は珍しいものであった。

 庶民の服にしては上質で、貴族の服にしては装飾品が乏しいように思える。


 カイゼルはこの服を知っている。

 否、一年前の勇者召喚の際に、見たことがあると形容した方が的を射ているか。


 名は確か『ガクセイフク』であったか。

 言峰をはじめとした、少年達の着ている服に一致していた。


 続いて入ってきたのは、黒いドレスに黒髪の少女。


 同行者が柿本俊かきもとしゅんから急遽変更されたという報告は受けていたため、国王は大した反応を示さずに少年少女へ着席を促した。


「お久しぶりでございます。陛下」

「こうして面と向かって話すのは初めてか……カゲヤマトオル影山 亨

「御意にございます。今はクロードという名で冒険者として活動しております」


 影山の態度は実に慇懃いんぎんであった。

 カイゼルは右手を目の前で雑に振る。


「敬語はよい。今の我とそなたは対等な交渉関係にある」


 カイゼルは、目前の少年をルべリオスに住む一人の民として扱う気はなかった。


 そんな舐めた態度では確実に手痛い傷を負うと、長年研ぎ澄ましてきた為政者の感性が告げていたのである。


「承知しました。

 では、これから敬語を使う理由は、相手が国王陛下であるからではなく、相手が目上の方であるから、とお受け取りください」

「なかなかに頑固だな」


 少年はかたくなに低姿勢を崩さなかった。


「……カイゼル様、早速ですが本題に入りたいと思います」

「申せ」


「本日私はカイゼル様との協力関係を築きたく、この場に参りました」

「駆け引きなしの直球か、いさぎよい」


 国王は受け取った言葉を咀嚼するように、瞼を閉じて何度か顎髭を撫でる。

 いくらか逡巡した後、再び目の前の若者を見やった。


「……隣人と良い関係を築きたくば、良い贈り物が必須である。

 そなたを味方にすることで、我に何の得がある?」

「現在カイゼル様は、元老院の策謀である『光と影』作戦のしっぽを掴んだと認識しております」


 老人の髭を撫でる手が止まった。


「……どこで聞いた? 発見した憲兵には秘匿するよう伝えたが」

「私の能力によるものとだけ、お伝えさせていただきます」


 相手の回答に、憲兵団第二分隊隊長であるアイアタルの頬から、冷や汗がたらりと流れた。


「カイゼル様はこの証拠を足掛かりに、元老院に対して何かしらの制裁を与えよう動いていると愚考いたします」

「当然だ、これを見逃してやるほど我も寛大ではない」


 望んだ答えを得られたことで、影山の姿勢がやや前のめりに変化する。


「もしよろしければ、私もその画策に協力させてはいただけないでしょうか?」

「……」


「無論、被害者としての証言も行います。

 そして、決定的な証拠も、カイゼル様に献上させていただく次第です」

「証拠であれば我の手元にも存在する」


「カイゼル様は既に証拠書類を手に入れておりますが、第一の切り札だけではあの頭が回り弁も立つクシュナー元老を仕留めきれるとは思いません」

「……なるほど。あの男の口の上手さであれば凌ぎ切るかもしれんな」


「ですので、老獪なクシュナー元老が、その明晰な頭脳でも想像できない第二の切り札を用意できれば、こちらの策謀の成功はより確実になるかと。

 私はその第二の切り札を既に用意しております」

「ほう?」


 提案者のあまりに魅力的な補足に、カイゼルの眉がピクリと動いた。

  

「入り口に一人待たせております。ご入室の許可を」

「許そう」


 許諾を受け取った影山は、自ら立ち上がって入り口の扉を開き、三人目の客人の入室をうながした。


 入ってきた人物は、黒い外套を身に纏い、顔をフードにてすっぽりと覆い隠している。


 外套の上からでも分かるしなやかな体つきは、女性特有のものである。

 小柄な体格から考えて、ちょうどカイゼルの娘である第三王女カトリーナと同じ年頃の少女であろうか。


 影山は入り口の扉を閉めた後、ゆっくりと『第二の切り札』のフードをとった。


「貴様は……」


 傍に控えていたアイアタルが、驚きで鋭い目を見開いた。


「……なるほど、我も想像できなかった。

 これはクシュナーも腰を抜かすであろうな」


 カイゼルもハッと息を吐くように笑いを漏らし、切り札の効力を確信する。


「カゲヤマ、そちら側の説明はすべて受け入れたつもりだ……が」


 不穏な語尾に、影山の心拍数が僅かに上がる。


「……何かご不満な点がございましたか?」

「逆だ。話が上手すぎる」


 国王はテーブルに両肘を立てて寄りかかり、口元に両手を持ってくる。

 目の前の少年を品定めするかのように、鋭い眼光を飛ばした。


 厳重に保管していた書類を閲覧することが出来る情報収集能力、敵に回せばこれほど厄介な存在もそうはいない。


 そんな油断できぬ相手が、腰を低くして協力を持ちかけたことが、国王には実に不気味に思えた。


「我と協力関係を手に入れるためだけに、これほどの誠意を見せたのか?

 当然対価を求めるであろう?

 我がそなたとくつわを並べるかどうかは、そなたが提示する見返りを検分してからだとは思わぬか?」

「なるほど、ごもっともでございます」


 影山は得心したように頷いた後、国王の前に指を四本たてた。


「それでは、私が望むものを全部で四つ、述べさせていただきます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る