第180話 魔窟に切り込む

 思わぬ援軍の到着から、時は少しさかのぼる。


 炎龍が扉を殴り始めた頃、王城ヴァンシュタイン銀鷲の間にて、円卓に再び三権力が相まみえた。


「挨拶ははぶこう、ナカソネ殿とその取り巻きが無断でダンジョンに侵入し、騎士団の監視を掻い潜ってボス部屋に到達したというのは本当か⁉」


 元老院代表の席に座るのは、前回と同じく筆頭元老ゲルハルト。

 風呂上がりの葡萄酒ワインにてほろ酔い気分のところを叩き起こされたため、自慢の白髭が若干乱れている。


 横に控えているのは勇者至上主義のアルバン元老のみ、クシュナー元老は先のエクムント三等伯逮捕の後始末を理由に欠席していた。


「……事実だ。

 今は、Cランク冒険者パーティ『リベリオンズ』が救出に向かったと聞いた」


 国王カイゼルの返答と同時に鈍い音が響く、ゲルハルトが拳を円卓に叩きつけたのである


「監視は何をしていたのだ!」


 監視役の騎士団はクシュナー元老、すなわち元老院の派閥に属する者たちである。

 部下のあまりにも拭い切れようのない失態に、腹から湧き上がる憤怒もひとしおであった。


 国王はそんないかれる老害を無視して、隣の教皇アンスヘルムへ視線を移す。

 彼女は一つ咳ばらいの後、両手をテーブルの上で組んだ。


「カイゼル、つい先ほど最新の情報が届いた」

「聞こう」

「冒険者パーティ『リベリオンズ』は、無事ナカソネ一行の救出に成功した。

 現在は監視の騎士団に合流できている」


 アンスヘルムの報告を聞いて、ゲルハルトの顔に余裕が戻ってくる。


「それは不幸中の幸いともいうべきか……

 しかしだからと言って騎士団の怠慢を許していいわけがない。この一件の後、然るべき処分をとらせよう」

「……これに触発された炎龍が、ボス部屋を脱出しようと動き出した」


 事態は収束したと思い込み、責任問題を語り始めた筆頭元老へ、教皇がとどめの一撃を加える。


 会議室に漂う雰囲気が、ねばついたものへと変質した。

 論じていた危険が、対岸の火事ではなくなったのである。


「ありえん。

 伝達ミスではないのか⁉ もしくは監視の見間違いの可能性は⁉」


 最初に口を開いたのはゲルハルトであった。


 現実逃避の言葉を並べ続ける老人に、教皇は小さくため息を吐く。

 出来事を否定し続けたところで、事態が都合よく改変される事などない。


「ボス部屋の魔物が部屋の外に出た記録など、ルべリオス建国以来存在しないではないか!」

「ゲルハルト。

 それはダンジョン内の魔物に限った話であろう。私も考えが及ばなかったが、外来種の炎龍には無縁の話。

 すでに現場では、扉の歪みが始まっていると報告が届いている」

「何という事だ……こちらから余計なことをしなければ」


 筆頭元老ゲルハルトの専門は、他権力への牽制という名の妨害である。


 日頃問題の解決を任せていたクシュナー元老がこの場にいない今、目の前の老人は権力が高いだけの置物へ成り下がっていた。


 元老院に出来た大きな隙、それを見逃すほど教皇アンスヘルムはお人好しではない。


「私はここに提案する。

 Sランク冒険者や王城の勇者など、現時点でルべリオスに存在する戦力を集中させ、現場のリベリオンズと合流の後、炎龍の討伐を決行させるのはいかがだろうか?」


 突如投げ掛けられた大胆な発言、ゲルハルトの目が大きく見開かれた。


「いくら何でも突飛が過ぎるであろう⁉ 移動時間はどうするのだ⁉」

「賢者ナナセ殿に頼みたいと思っている。

 彼女の転移魔法であれば、一瞬で辿り着くことが出来る」


「……Sランク冒険者と言ったが、現時点で『レッド・ギガンテス』と『ウォルフ・セイバー』は勅命にてダンジョン立入禁止のはず」

「超法規的措置を使用して禁止を解除する、この戦いに彼らの力は不可欠だ。

 元老院もそれを理解しているから、勇者コトミネが炎龍に挑む前日までを、禁止期間に設定しておいたのだろう?」


 元老は彼女の提案に存在するあらを見つけ、反撃の糸口を見つけたように畳みかけた。


「前例がないのでその超法規的措置は許可しかねる、我々権力者は『決まり』を守らせるためにここに座っているのではないか?」

「確かに国民に『決まり』を守らせる義務が、我々権力者にはある」


 教皇は毅然とした態度で元老の意見に同調した後、一拍いっぱく置いて足を引っ張ることしか取り柄の無い老人を睨みつけた。


「……しかしその正論は、きまりを守らせることが国益になるという前提で成り立っている。

 龍がリベリオンズと騎士団を突破し、ダンジョンの入り口から王都に出てしまえば、それこそ国家存亡の危機であろう。

 きまりに固執して国が滅びかけましたなど、後世の学者の失笑をかうことであろう。私はそんな道化ピエロを演じてやるつもりはない」

「そんな詭弁が……」

「それとも、満足な戦力が投入出来ず、最悪の事態に発展した場合、

 お前が責任を取ってくれるのか? 筆頭元老殿?」


 教皇の意地の悪い言い方に、老害のうるさい口が止まった。


 人に責任を背負わせるのは好物であるが、自分が責任をとることは避けるのが、ゲルハルトという男の性根である。


「……せめて勇者コトミネは王城に留まらせてほしい。

 彼に万が一のことがあれば、この場にいる我々全員の首筋が寒くなる」

「……そこが良い落としどころか」


 元老院の最後の抵抗を教会が了承したとき、会議を見守っていた国王が口を開いた。


「話はまとまったようだ。

 アンスヘルム、炎龍討伐の総指揮をクシュナーからお前に変更する」

「任された。

 事態は急を要する。失礼ではあるが、これにて退出させてもらう」


 若い教皇は、同行していた従者を連れて、颯爽と銀鷲の間から立ち去る。


 その顔は、長年煮え湯を飲まされ続けてきた相手に一泡吹かせた勝利を噛みしめて、実に晴れ晴れとした表情を浮かべていた。


◆◆◆


「ゲシェフト、よくぞ会議前に現場の情報を集めてくれた。

 お前の迅速かつ詳細な報告のおかげで、うまく会議の主導権をとることが出来た」

「お褒めに預かり光栄です、猊下。

 しかしながら、私は信頼できる筋から、情報を受け取っただけにございます。

 感謝はそちらへ」

「信頼できる筋とは?」

「冒険者ギルドマスター、バットでございます。

 先ほど私の元までおいでになって、ボス部屋前の状況を事細かに伝えてくださいました」


 王城の廊下を、教皇アンスヘルムとゲシェフト枢機卿が早足で歩いていく。


「そうか……やはり彼も、若い才能が潰されることが我慢ならなかったのだろうな」


 好ましい追い風に、アンスヘルムの頬が緩む。

 感慨深そうに何度も頷いた後、表情筋を引き締めて枢機卿へと向き直った。


「ゲシェフト、金が要る。

 Sランク冒険者への依頼料から、応援部隊の備品に至るまで。

 無理を言っているのは分かっている、教会の懐から出せそうか?」

「それを出して見せるのが私の特技でございます、ご安心ください。

 とは言ってもつい先日、多大な寄付金・・・・・・が寄せられましたので、算出するのはそう難しい事ではないでしょう」


 ヒヒヒと胡散臭い笑い声で、カイゼル髭をつまむゲシェフト。

 事前情報なしで彼を見れば、横領を行おうとしている悪徳僧侶だと勘違いすることであろう。


「全て任せるゲシェフト、頼んだぞ。

 アーガーベイン、お前にも応援部隊の教会代表を任せたい」


 意気込む彼女は、後ろを歩く戦闘滅魔神官クルセイダーへ大任を与える。

 しかし、いつもの野太い声による、腹の底を震わせる返事はなかった。


「……アーガーベイン?」

「た、大変失礼しました!

 応援部隊の任、喜んでつかせていただきます」


 不審に思って後ろに振り返ると、慌てた様子で後ろに向いていた首をこちらへ戻す巨漢の姿。

 この男は何が気になったのかと後方に目をやると、こちらとは反対方向へ歩いて行く二人組が見えた。


 黒いドレスを纏った少女と、外套を着こんだ謎の少年。

 いつもの王城では見かけない、実に珍しい組み合わせであった。


 アンスヘルムも違和感は感じたものの、現在抱えている仕事に比べれば些事さじと切り捨てる。


「さぁ、取り掛かろう。

 ナカムラ、エンドウ。前に誓った約束は何とか守れそうだ」


 はるか地下で死闘を繰り広げる二人を思い浮かべ、アンスヘルムは三重冠トライレグナムを被り直した。

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