第175話 追憶・独白

 俺、中曽根隆一なかそねりゅういちは、客観的に見てクズの部類に入る。


 SNSに投稿されている漫画に対して『どこかで見た二番煎じ』、バラエティー番組の感動的展開に対して『スタッフが無理やりねじ込んだお涙頂戴』と頼んでもないのに冷めた評価を繰り返す。


 性格はどうしようもなくねじ曲がり、価値観は偏見と決めつけに縛られている。


 しかし、こんな俺でも一つぐらいは信念を持っているものだ。


『成果や報酬を手に入れるためには、すべからく努力が必要である』


 幼い頃に母親に聞かされてから、今日まで俺を支えてきた座右の銘だ。


 学生になって様々な人種と交流してくかたわら、千差万別の努力とその成果を見届けてきた。


 そして、努力をしないくせに見返りを求める愚か者にも多く出会った。


 例えば、女から好かれる努力もしてないくせに、女に好かれる努力が実ってモテている奴を嫉妬する馬鹿。

 例えば、仕事をサボってばかりのくせに、給料は上がらないのは会社のせいだとほざくゴミ。


 現況に文句をいうことしか出来ない俺以上のクズ。

 そんな奴らが何も報われないザマを見て、やはり母の教えは正しかったのだと確信した。


 こんな愚物にはならないように、俺もまた努力は怠らなかった。


 野球に対して人一倍練習を重ねて、レギュラーを掴むことが出来た。

 周囲の関係構築に対して人一倍腐心して、無事キャプテンに就任することが出来た。


 今日の俺は、努力によって形作られていると言っても過言ではない。

 きっとこれからも、俺は何かを手に入れるために努力を続けていくのだろう。当然だと思っていた。


 中学に入った時だ、俺は恋をした。

 相手はクラスメイトの村上綾香むらかみあやか。学校一と言われる美貌と分け隔てなく接する清純さを持つ、男子生徒の憧れだった。


 しかし、『村上の好きな人』というたったひとつの席には、既に別の人物が座っていた。


 中村賢人なかむらけんと

 こいつがまた、いちいち癪に障る奴だった。


 勉強も碌にせず、当然テストも低い点ばかり。

 体も鍛えることはしないため、体育もからっきし。

 俺が今まで軽蔑していた、『努力をしないしする気もない人種』だった。


 そんな絵にかいたような怠け者に対して、村上は見下げ果てずに愛し続けたのだ。


 到底許容できなかった。冗談じゃない。


 村上が俺を好きにならないのは別にいい。

 彼女を振り向かせるまでには、俺の努力が達していなかったというだけの話だからだ。


 許せないのは、俺より遥かに努力を怠っているあいつが、ただ存在しているというだけで村上からの愛情を独占している事だ。

 俺が必死に手に入れようとしたものを、当たり前のように持っていたのだ。


 その上、中村は好きでいてくれる村上に対して、どこかよそよそしかった。


 なんで話しかけてくれた村上さんに、そんな不誠実な態度がとれるんだよ。

 だったら俺によこせよその椅子。

 俺がそれを手に入れるために、どれほど血反吐を吐いたと思ってんだよ。


 学内外で二人の茶番を見せつけられるたびに、嫉妬と憤怒の炎がはらわたを焼いた。


 何に対しても必死に取り組もうとしない無気力で冴えない男が、美少女から無条件で好意を寄せられている事実そのものが、陰キャの独りよがりな妄想のようで気持ち悪かった。


 俺が怠っていて、あいつが努力している事柄が分からず悔しかった。


 そんな陰鬱とした日々が続いていたある時、俺は一つの答えに辿り着いた。

 『中村を害する努力』を怠っていたのだ、村上が失望するほどに中村を貶めてやればよいのだ。


 次の日からやつへのいじめを始めた。


 意外にも仲間は全員いじめに乗ってくれた。

 苛立ちを感じていたのは、俺だけではなかったという事を知って、少しだけ安心したことを覚えている。




 驚いたことに中村には根性があるらしく、俺と仲間の執拗ないじめを受けても、ヘラヘラ笑うだけで完全に心が折れることはなかった。


 本当にこんなことに効果があるのかと思い始めた頃、あいつはあっさりと俺の目の前から消えてしまった。

 俺たちを助けて、炎龍の炎に焼かれて死んだ。


 それでも、村上のあいつに対する愛は今も変わらない。


 どうやら俺のするべき努力は、いじめこれでもなかったらしい。


 結局、俺がするべき努力は何だったのか。こんな場所まで来たものの、いまだに見つけ出せずにいる。


「――!?」


 遠くで仲間が俺の名前を叫んでいるようだ。


 耳鳴りが酷い。


 一面に広がる惨状を、どこか遠くの出来事のように俯瞰している。


 龍が尾をしならせて叩き込もうとしている。

 俺に直撃する軌道だと察し、逃げようとはせずに目を閉じた。


「まぁ……こんなもんか」


 今から地獄に落ちるというのに、酷く落ち着いた心持ちだった。

 見つかることの無い答えを探し求めることに、どこかで疲れていたのかもしれない。















 いつまで経っても、覚悟していた衝撃と安らぎは訪れなった。


 不審に思い瞼を開くと、背に翼を広げた筋骨隆々の少年が龍の爪を受け止めていた。


「お待たせ! 中曽根君!」


 鼓膜を叩いたのは死んだはずのヤツの声。


 なんだよ。

 もう俺はあの世にいたのか。

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