第176話 中村賢人は決断した

「それでも僕は、中曽根君を助けようと思う」


 中村賢人なかむらけんとの出した答えは、熟考前と変わらなかった。


「……一応、結論に辿り着いた過程だけ聞いてもいいか?」


 見殺しを提案した参謀が、リーダーの真意に耳を傾ける。


「僕ってさ、今はみんなに支えてもらえるぐらいには成長したけど、昔は何事にも言い訳ばかりして、うじうじぐねぐね腐っていたんだ。

 そうだよね? 遠藤君」

「知らん」

「腐ってたの! 肯定して! 話が進まないから!」


 予想外な返答に慌てていると、隣の部屋からローザとエストが戻ってきた。

 出発の準備は完了したものの、中村の説明は続く。


「とにかく、昔の僕はかなり救いようのない奴だったと思うんだ。

 それこそ今の僕が、はっ倒したくなるぐらい」


 そこまで語り終えて、話し手は唐突に喉の渇きを覚える。

 己の暗い過去を明かすというのは、かなりの覚悟と勇気が必要であった。


「だからさ、考えちゃうんだ。

 きっとそんな僕に腹が立ったから、中曽根君は僕をいじめていたんじゃないかなって。

 だったらその気持ち、今の僕にはちょっとわかる気がするんだ」


 話の区切りが良いところで、荷物の中から水筒を取り出し、口内を潤す程度に水を飲む。


「……ひょっとしたら、中曽根君と僕が逆だったら、僕もいじめていたかもしれない」

「それはない」


 もしもの話に、遠藤が即否定した。


「途中から話を聞いていたが、少なくとも君がそんな陰湿なことするわけない」

「ローザさんに同意です、ないと思います」


 パーティの残り二人も否定する。


「ないだろう」

「ないねぇ」


 ここから遠く離れたとある場所、会話を見守っていた影山とクラマさえ否定した。


「そ、そう? そんなにみんな否定しなくても……これって喜んでいいんだよね? ……じゃなくて!」


 良い意味で性格が信頼されていたことに喜びを覚えつつ、語り手は改めて始めの結論へと戻った。


「だから遠藤君。僕はかつていじめていた人と、向き合うために助けに行くよ。

 どうして僕をいじめていたか、なんで僕に苛立ちを感じていたかを尋ねられるのは、生きた中曽根君だけだから」

「そうか」


 遠藤は短い返事の後、何も言わずに部屋の扉を開いて出発をうながす。

 中村の回答は、己の提案を引っ込めるに十分だという意思の表れであった。


「急ごう! カレラさんの話だと、まず行くべきはギルドだよね?」


 決断してからの中村、もといリベリオンズは実に迅速だった。


 冒険者ギルドにて事の詳細を聞いた後、

 そのままダンジョンに潜って監視の騎士団に扉を開けてもらい、

 今まさに命を散らそうとしている中曽根の盾となったのである。


◆◆◆


 土煙が濛々もうもうと立ち込める中空に、龍の巨体が影として映し出され、咆哮が空気を揺らす。

 三週間を経て再びまみえた炎龍は、相も変わらず強大であった。


 対するリベリオンズは、中村を前衛とした陣形で、後衛のローザが中曽根を癒している。


「中曽根君! 大丈夫? 息してるよね⁉」

「そうか……俺に復讐しに来たか」

「しっかりして、今結構ピンチなんだ!」

「まあ……いいさ、それだけの事はしてきたと自覚している」


 背後の重傷者に投げ掛ける切羽詰まった中村の問いに対して、中曽根は譫言うわごとばかりを繰り返し呟く。


 傷自体は完治したものの、まだ頭部への衝撃で意識の回復が遅れているようであった。


 再会はしたものの、上手く意思疎通の出来ない状況。

 感動的な展開にはならないものだと、中村が心中で嘆息したその時であった。


「ガタガタ言ってないで起きろや」

「へぶふぉ!」


 乾いた音と同時に、中曽根の情けない断末魔が聞こえた。

 中村が何事かと横目で見やると、遠藤が彼の頬を思いっきりひっぱたいている。


「え……遠藤君」

「死にぞこないの寝言に付き合う気はない」

「それは……まぁそうかもしれないけど。もうちょっと……手心というか……優しさというか」

「俺達だって死ぬかもしれないんだ。一秒だって時間が惜しい」


 リーダーの優しさに参謀は正論を返す。

 むしろ、いくつかのやり取りの間は待ってくれたのでだから、無駄を嫌う彼にしては温情を掛けてくれた方であるかもしれない。


「え……遠藤⁉ お前も死んだはずでは」


 乱暴な気つけによって正気を取り戻した中曽根が、焦点の合った視界で捉えた意外な人物に、動揺の声を漏らした。


「お前が勝手にダンジョンに潜ったと聞いて、中村が救出に来た状況だ。

 何かいう事はあるか?」


 遠藤は質問を無視して、葬ろうとした男に現況を端的に伝える。

 中曽根は少し黙った後、慌てて周囲を見渡して口を開いた。


「俺の仲間は? 五人全員逃げていたはずだが」

「さっきすれ違った。今頃は騎士団に保護されただろう、あとはお前だけだ」

「そうか、なら何もない」


 それきり中曽根は黙ってしまった。己のこれ以上の言動は、助け出す側にとって邪魔にしかならないと理解したのである。

 遠藤が肩を貸して、何とか救助対象を立ち上がらせる。


「リーダーいけるぞ」

「うん。それじゃ撤退! 一目散に!」


 右腕の合図を受けて、リーダーは迷いなく撤退の号令を叫ぶ。


 リベリオンズは龍の討伐が目的ではない、愚かな命知らずを救出しに来ただけなのである。

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