第174話 噴火再開

 神聖ルべリオス王国ダンジョン9階ボス部屋、勇者達の心胆を寒からしめた炎龍が棲まう魔物まものみや


 いにしえの豪傑ビルガメスと、正体を隠した冒険者クロードの殴り合いは、この地に深く痕跡を刻み付けていた。


 地面は竜巻によって巻き上げられた多数の巨岩が組みあがり、天井にはビルガメスが叩きつけられて空いたクレータが存在を示す。


 実に禍々まがまがしい景色の中に、岩陰から岩陰へと移る人影が見える。

 騎士団の監視を掻い潜った、中曽根とその一行であった。


 先行して索敵を行う取り巻きの一人が、手信号を駆使して問題ないことを仲間に伝える。

 互いに言葉は発さない、支配者に気が付かれる要素はすべて排除していた。


 無言であっても高ランク冒険者パーティに匹敵する見事な連携は、さすが長年同じ部で研鑽を続けていた仲というべきか。


 大きな事故もなく、一行は無事目的地までたどり着くことが出来た。


 部屋の奥深くに位置する開けた場所、周囲の岩が熱によって飴細工のように溶けている。

 記憶が確かであれば、かつて中村賢人なかむらけんとが龍の息吹ブレスに消えた地点であった。


「……っ!」


 鼻孔を満たす鉄臭い空気に、思わず円偉は手で鼻を覆った。

 大分薄れたとはいえ、確かに漂う血潮の香りはそうそう慣れるものではない。


 中曽根は目の前に広がる地獄に臆することなく、四つん這いになりながら近くの裂け目を覗き始めた。


 その姿はまるで、この場で散ってしまった誰かの落とし物を、見逃さぬよう真剣に拾い集めているように見える。


 リーダーの奇行を見て、何がしたかったのかを理解した取り巻きは、誰に指図されるわけでもなく周囲の物陰を散策し始めた。


 取り巻きの一人、幽礼ゆうらい姸ーけんいちは、近くに転がっていた大岩の隙間を覗き見ようとする。


 しかし、なにぶん隙間が狭く低い場所であったため、床に手をついて屈みこもうとした。


「っ!」


 違和感にはすぐに気が付いた。


 幽礼は小学生の頃に、よく父に水族館に連れていってもらっていた。

 その際に、世界最大の両生類といわれるオオサンショウウオを木の棒でつついたことがある。


 あの時感じた硬質な手ごたえは、彼が今までなんとなく持っていた『両生類は表面が柔らかい』という固定観念を打ち砕くのに十分なものであった。


 だからこそ分かる。

 てのひらから伝わる床の感触は、岩などの無機物の硬さではない、生物が身に纏う堅さなのだ。


 ――ゴロロロ


 はらわたを揺らす雷鳴が頭上から響いた。

 ここは地下である、雨雲など生まれるわけがない。


 その場にいた、取り巻き全員の動作と思考が停止した。


 中曽根は、リーダーとして現状を受け入れなければならないという責任に背中を押され、恐る恐る上を見上げる。


 このような時、人というものは愚かなもので、視界に映らないものは存在していないと信じたいらしい。

 無意識に見上げる速度を遅くすることで、この先に待ち受ける恐怖を少しでも先延ばしにしようと試みた。


 無駄な抵抗であった、頭上の圧倒的威圧感は変わらず健在だというのに。











 中曽根が完全に上を向いたその時、鋭く光る怪物の瞳と視線が交差した。


「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 静寂をくびり殺す、けたたましい咆哮が響き渡る。


降りろ・・・! お前ら!」


 いち早く正気に戻った中曽根が仲間へ指示を飛ばす。

 部屋の主に見つかってしまった今となっては、もはや息を殺す必要はない。


 言葉の意味を理解して背筋を凍らせた取り巻きは、Lvレベルが上がったことで強化された身体にて、開けた場所から近くの岩へとそれぞれ跳躍する。


 すると今まで自分たちが立っていた地面が躍動し始めた。

 否、自分たちは恐れていた強大なる存在の背中で、呑気に探し物をしていたのだ。


「走れ! 圧死か全身火傷でくたばりたいのか!」


 怒気をこめた主将の喝で、取り巻きが一目散に逃げだした。


 しかし、叫んだ中曽根本人は炎龍と相対する。

 仲間の逃げる時間を稼ぐ。一人で突っ走ってしまった彼にできる、最後のリーダーらしい行動であった。


あいつ・・・にも出来たんだ。俺に出来ない道理はない」


 腰にさげていた武器を正眼に構える。


 魔剣『ブレイズ』、王国から貸し出された中曽根の相棒である。

 両刃の刀身は、手元から剣先にかけて白・黄・橙・赤のグラデーションとなっており、芸術品としても一定の価値がある。


 その能力は見た目通りの高熱、放たれる熱線によって触れている空気が陽炎のように揺らめく。


「こい!」


 命の燃やし時はここだと言わんばかりに、遥か格上の存在を精一杯睨みつけた









 しかし、炎龍にとって目の前の匹夫の勇など心底どうでもよかった。


 眠りを妨げる蠅が迷い込んだので、軽くぴしゃりと叩いてやろうか。

 そんな、戦いとは程遠い心情であった。


 長い尾がしなり、中曽根の手前の地面へ叩きつける。

 それだけで、大小さまざまな岩が高速で飛び出し、広範囲に絨毯爆撃を行う。


「クソがぁぁぁぁああああああああ」


 次々と襲い掛かる隕石群を、燃える剣で半ばやけくそ気味に切り裂く中曽根。

 改めて龍種の規模スケールに愕然とさせられた。


「ぎゃあ!」


 幽礼の悲鳴が中曽根の鼓膜を叩く。

 最悪の想像が脳裏をよぎり、反射的に後ろを振り返ったその時であった。


 こぶし大の石が中曽根の側頭部に直撃した。

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