第165話 バフも回復も戦闘もこなせる万能美人山伏、何故か追放される

 この場面を全く予期していなかったのかと問われれば、中村賢人なかむらけんとは首を横に振るであろう。


 初めて依頼を受ける際、エクムントの屋敷に潜入する直前。重要な局面で遠藤は、クラマに関して含みのある言葉を口にしていた。


 何故そんなことを今言うのかと疑問にこそ思ったものの、深く切り込んで質問しようという気にならなかった。

 今になって思い返せば、この事態に直面することを恐れて、切りだすことを無意識に躊躇していたのかもしれない




 ふわふわとして浮遊感を感じる、夢の中を彷徨さまよっている気分であった。


 一旦遠藤の視線を切って、自らの足元を見つめた。

 足はしっかりと大地を踏みしめる感触を伝えてくれる。どうやらここは現実のようであった。


「……どうしてクラマさんが追い出されなきゃいけないの? むしろ……リベリオンズから誰か一人を追い出すってなったら、真っ先に僕になると思ってたのに」

「なんでだよ、前衛の要だろ。リーダーが抜けたら、誰が敵の攻撃を受け止めるんだ」


 思い浮かべた感想をそのまま述べると、呆れたような声が返ってくる。


「そ、そう? どうも」


 普段厳しい助言を行う遠藤の誉め言葉を受けて、中村は少し照れ臭そうに上ずった声で返事した。


「それはそれとして……パーティ追放なんてして大丈夫なの?

 後で僕たちが痛い目を見る展開になるような気がして、不安でしかたないんだけど……」

「前に話してくれた『追放もの』のことだな?」


 『追放もの』

 近年小説投稿サイトより生み出されたジャンルのひとつであり、主人公がパーティや団体から追放宣言されることが特徴の物語である。

 その結末は、追放したパーティや団体の瓦解に帰結することが多い。


 『追い出す』という言葉から中村が連想する、ライトノベルを嗜む実に彼らしい意見であった。


「あれは追い出した側の人間が、その優秀な人材が抜けることで発生する事態を予測できないほど、どうしようもない無能だから起こる展開だろう。

 ちゃんと吟味したうえであれば、その愚か者たちのような末路は辿らない」

「だったら余計駄目じゃない?」


 相方の冷静な分析を聞いたうえで、彼の決定に待ったをかける。


「クラマさんはとっても凄い人だよ!? 追い出したらリベリオンズがめちゃくちゃになる可能性も十分にあると思う!」


 執拗に意見に食い下がるという中村の姿に、遠藤は珍しいものを見たとばかりに目を細めた。


「確かにクラマさんは、強化バフでメンバーを補助し、片手間で回復もこなし、見事な剣の冴えは前線において頼もしいことだろう」

「うん! うん!」


 いままで支えてくれていた場面を想起しながら、中村は遠藤の言葉に何度も大きく頷いた。


「極めつけは、その豊富な戦闘経験で俺たちに指導をしてくれる。実に得難い人材であること言える」

「だよねだよね…………指導?」


 何かに気が付いたように、利き手をこめかみに当てた。

 その気づきを待っていたとばかりに、遠藤は解説を続ける。


「クラマさんは、リベリオンズの監督役として俺たちを見守ってくれていると考えている。

 いうなれば師匠がつけてくれた、俺たち新米冒険者の保護者みたいな存在だ」

「言われてみれば……」


 思い出したのは小学生時代のとある夏休みであった。友達と遠出する際に、心配した家族が親戚の兄をつけてくれたことがある。

 クラマはその立ち位置にピッタリと当てはまっていた。


「前にも確認したが、あの人はとある種族の頭領だ。そんな立場のある人物が、この先もずっとひとつのパーティに留まれるわけがないだろう?

 どこかの時点であの人は、本来の仕事に戻るために抜ける必要がある。さて……」


 右腕は懐から一本の筒を取り出した。

 エクムント逮捕の依頼を完了した際に受け取った、憲兵からの感謝状である。


「今回の貴族逮捕を、クラマさんに頼らずに完遂出来た。

 もう自分達の力だけでもやっていけます、と告げる良い材料になると俺は考えている」

「でも……それならクラマさんの方から『君たちは十分に成長したから出ていくね』って言ってくるんじゃない? 何も僕たちが勝手に決めなくても……」

「受け身な考え方をするな」


 中村の言葉が終わらないうちに、険しい声で意見をバッサリと切り捨てた。


「これから先、リベリオンズは様々な人間をにパーティに入れ、そして出ていかせることもあるだろう。

 その時に『言ってくるまで待てばいいや』なんて悠長な気構えで良いわけがない、違うか?」


 中村は俯いて、今までにないくらいに頭を回転させた。

 遠藤の言っていることは恐らく正論なのであろう。しかし、やはり急すぎる気がしてならない。


 自分たちの力で難易度の高い依頼を成し遂げたと言っても、たった一回だけである。

 もう少しだけ見守ってもらった方が良いのではという考えが、どうしても心に居座ってしまった。


「……クラマさんを出ていかせるのはどうして?」

「『国家認定冒険者証』の試験が間近に迫っているからだ。

 試験に受かればBランク冒険者へと昇格し、必然的にリベリオンズもBランクパーティに上がる。その際にパーティ専用の金庫、住処や装備の支給が国から与えられる。

 …………勉強したよな?」

「はい! はい! 覚えています! 僕は忘れていません!」


 勉強の事となると途端に挙動不審になるリーダーに、遠藤は不安そうな視線を送りながら説明を続けた。


「Bランクパーティーに上がった後にクラマさんを追い出すとなると、これら諸々もろもろを何割を渡すとかといった面倒くさい問題が発生するんだ。

 聞いたことがないか? 離婚後に共有財産の分配で元夫婦が揉めぇ……」

「遠藤君?」

「……すまない、思いついた例えが悪かった。とにかく面倒な手続きが発生するんだ。

 だからこそBランクに上がる前、さらに言えば試験を受ける前である今でこそ告げる必要がある」


 初恋を秘めた少年に、冷めた恋の生々しい話を詳しく聞かせる程、遠藤も無神経ではなかった。


「……僕が今やらなきゃいけないんだね?」

「ローザリンデをパーティに加える決断を行ったのはリーダーだ。人事権はそっちが掌握していると認識している」


 最期の確認に対する回答を受け取った後、中村は腕を組み、眉に皺を寄せて真剣に考えこんでいた。

 遠藤も説明する事柄は全て伝え終わり、口を閉じて相手の結論を待つ。


 二人の間に静寂が訪れた。

 街の喧騒がやけにやかましく聞こえる。


 どれほどの時間が経過したのであろうか。

 心中で何かに対して決着がついたように、中村は顔を挙げて満月の夜空を仰いだ。


「分かった……今、この後すぐに、クラマさんに伝えるよ」


 決心をしてから彼の行動は早かった。

 早足で皆の待つ蝶の羽ばたき亭へと駆けていく、遅れまいと遠藤も彼の後に続いた。


 そんな少年たちの一連の様子を、建物の影から赤い光が覗いていた。

 二人にとって、もうひとりの保護者ともいうべき存在の瞳であった。

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