第166話 落ち込んだところでもう遅い
「……という訳です、クラマさん。
今日限りでリベリオンズを離れてほし……ください」
呼吸すら忘れたような強張った面持ちで、追放宣言を行うリベリオンズのリーダー。
「ほう、ここでか」
相対するは、在籍二週間とはいえリベリオンズ最古参のメンバー。
この状況を予測していたのか、特に驚く様子はなく、むしろ待っていた
「委細承知。そんじゃ、あたしはここまでで」
中村が予想していた五十倍の軽さで、追放を了承する
「元気でやりなよ皆の衆。最近寒くなってきたから、お腹を出して寝るんじゃないよん」
とても突き放された側とは思えないほど、明るく
こちらを気遣っているのであろうという察しが、中村が抱えていた罪悪感を増幅させる。
「……色んな事を乗り越えて、みんなで……一緒に過ごしてきたのに。
こんな別れ方になってしまって……本当にごめんなさい」
まるで罪人が許しを請うように、重く
謝罪された追放者は、軽快な足取りで自らを追放した元凶の目の前に立つ。
「なあ、ナカムラ」
肩を震わせる少年に、温かみのある声がかけられた。
「前にメンバーを募集しようってなった時、アタシがあんたに言った台詞覚えてる?」
「……僕に非情なことを言う覚悟は出来ていない、という話でしたよね」
恐る恐るといった様子で答えると、彼女はニッと笑いかけて見せた。
「あの言葉を撤回する。今この瞬間をもって、ナカムラケントはやさしい
逃げ出したかっただろう場面に、勇気を出してリーダーの責務を全うしたんだ。元パーティメンバーとして誇らしく思う」
クラマは元気づけるように、中村の背中を勢いよく
「これは嘘じゃないぞ? 普段おちゃらけ倒しているアタシの、誠に貴重な真面目さ全開の言葉さ。
ありがた~く噛みしめろよん?」
励ましの言葉を送ったその表情は、成長の嬉しさを前面に出しながらも、少しばかりの寂しさが含まれていた。
◆◆◆
リベリオンズにおいてひとつの転換点を迎える場となった蝶の羽ばたき亭にて、少女達がベッドに並んで腰かけていた。
「……エンドウさんから事情を説明されましたが、それでも信じられません。
誰かが追い出されるなら、真っ先に私になると思ってましたし」
枕を抱きかかえた
「世話になった人を突き放すのは、かなりの覚悟と心労が必要だったことだろう。しかし、ナカムラ殿は見事にやり遂げた。彼の未来に祝福を」
瞼を閉じ両手を組んで祈りを捧げるのは、
今回起きた追放の一件において、蚊帳の外となっていた二人である。
「でもそれにしてはリーダーの落ち込みようが激しすぎませんか? 予定していたことなんですよね?」
「……恐らくだが、今日まで追放の件をナカムラ殿だけ知らされておらず、直前になってエンドウ殿が明かしたのだろう」
「だ、だとしたらエンドウさんとクラマさんは少し酷いと思います!
もう少し前にナカムラさん明かしてあげて、ちゃんと覚悟を決める時間を作ってあげても良かったと思います!」
非難の声を上げたエストに対して、ローザは静かに目を見開いた。
「……もし事前に話していたとしたら、ナカムラ殿は平然と振舞えたか?」
「それは……」
透き通るような声で投げかけられた質問に、エストは言葉に詰まってしまった。
彼女は魂の奥底が、実に中村賢人と似通っていた。故に、とある状況に置かれた際に、彼がどのような挙動を行うかが手に取るように理解出来るのである。
「おそらく大いに葛藤し、戦闘や日常にも多大な影響を及ぼすことだろう。ナカムラ殿はそういう優しい人柄だ。
なにせ私というただ一人の奴隷を助けるために、貴族に喧嘩を売った男なのだから。
だからこそ、直前に伝えたエンドウ殿の判断は英断だったと思っている」
「でも、あんな風になったら本末転倒じゃないですか……」
エストは丸みのある瞳で、心配そうに隣の部屋を見つめる。
クラマに別れを告げた後、中村は何も言わずに部屋に閉じこもってしまった。
「ナカムラさん、立ち直れますよね?」
「他人事のような言い方になってしまうが、時が解決することを願うしかないだろう。
こればかりは、今回の一件をどう心の中に落とし込むかという、彼自身にしか解決できない問題なのだから」
追放された本人も了承しており、パーティメンバーも納得している。
実に奇妙な言い方になってしまうが、今回の追放において残っている問題は、追放した人間が立ち直ることだけなのである。
ふとローザの脳裏を、かつて中村からもらった励ましの言葉がよぎる。
『少しの時間で立ち直れるなんてすごいことだよ! 僕だったら二ヶ月ぐらい落ち込んで、さらに二年ぐらい引きずると思う!』
その言葉通りになってしまったら、本当に笑えない話である。
ふと、チクチクと頬に視線を感じる。
振り向くとエストが、枕を抱きしめる力をいっそう強めてこちらを見ていた。
「どうした、何か言いたそうに口をもごもごと」
「こういう時こそ
ローザさんなら、きっと最高の相談相手になりますよ!」
期待一色に染まった眼差しに、反射的にローザは目を背けてしまった。
「……すまない。
スキルや護身術の鍛錬に打ち込みすぎて、こういうことは経験してこなかったんだ。
ナカムラが私に掛けてくれたような、心に染み渡っていく優しい言葉が上手く浮かんでこないんだ……」
「そんなぁ……」
夜の寒空に、がっかりしたような少女の声が消えていった。
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