第153話 狙撃手は二人いた
シャンデリアの破片が散らばる廊下に、銃の
かつて彼の従者だった少女が駆け回り、かつて彼女の主だった少年が目標に発砲する。
「さすが戦い慣れている。俺の攻撃が横移動に弱いことを看破されてしまったか」
右に左に回避行動を行う彼女に狙いを定めながら、遠藤は相手への賛辞を述べた。
敵を称えることが目的ではない。攻撃が命中しない理由を自らの口で発し、自分自身を納得させ、命中しない事実が生み出す苛立たしい感情を鎮めるためである。
ヒルダは凡人であったが、経験から学ぶことは出来た。
遠藤は油断していたとはいえ、己を取り押さえた実力者なのである。こんな彼が、新たな力を携えて再び自分の前に表れた。実力は前回よりも、一回りも二回りも成長していることだろう。
ならば細心の注意と最強の手札を惜しまずに戦う必要がある。
ヒルダの視線は遠藤のある一点に集中していた。
それは遠藤の武器に備えられた押し込む形式のボタンと、ボタンに掛けている人差し指。無論この世界に生きるヒルダは、これが銃器の
『攻撃は必ず先端の穴より射出される』
『原理は不明であるが、攻撃の射出前には必ずボタンを指で押し込んでいる』
そうした
「しかし……クソッ」
無論、ただで情報を渡すほど遠藤も間抜けではない。
二人の周囲に横たわり、うめき声をあげながら足や腹部を押さえるヒルダの部下たち。この法則性を見つけ出すために支払った犠牲の山である。
無傷で対応出来ないと覚悟はしていたが、まさか一対一まで追い詰められるとは予想だにしていなかった。
あらためて、敵の攻撃の
「何とか対処は出来ているものの、この速度は反則でしょう……」
愚痴をこぼしても足は休めない。
少しでも動きが止まれば、即座に周囲で転がる負傷者の仲間入りになるであろう。
ヒルダの苦悩はそれで終わらない。
「奴を倒して終わりではないというのに」
先ほどから後方で静観を決め込んでいる、赤い
ただでさえ目の前の強敵にてこずっているというのに、いつ加勢するか分からない戦力も意識しなければならない。
そして仮に遠藤を倒しても、
増大した戦闘のプレッシャーは、ヒルダの体力を容赦なく削っていった。
「短期決戦でなければ勝利は厳しいか!」
メイドは戦法を変える決断を下した。
今まで行っていた回避に、相手との距離をじわじわとつめる足運びを加える。
機敏に察した遠藤の対応も早かった。
「
新たな武器を呼んだ。光の線が形作るのは、先ほど部下の足を撃ち抜いた長めのものであった。
「プロパティ、オート・クロック! テン、セコンド!」
続けて聞こえたのはヒルダの記憶にない言葉、おそらく隠していた彼の奥の手であろう。
遠藤は呼び出した武器を床に固定する。
「は?」
それを見たヒルダの口から疑問が漏れた。
武器は先ほど無造作に投げた時のような光の粒にはならず、そのままの形で地面に鎮座している。
何がしたいのか少女は理解に苦しんだ。しかし、彼女の納得より先に少年は次の行動を開始した。
後退した。否、逃げたと形容できるほど、脇目も降らず敵に背を見せて一目散に駆け出したのだ。
「逃げるのか!」
敵を罵倒しながらも心の中で納得した。仲間を先に進ませるという役目を終えた以上、別に遠藤は近距離の戦闘を続ける義務はないのだ。
逃げ切った後、気を抜いたヒルダの頭蓋を遠距離から撃ち抜けば良い。
「貴様はここで始末する!」
ここで彼を逃してしまえば、いつどこで邪魔されるか気が気でない。
彼を追いかけようとすると、設置された武器が彼女の進路を邪魔する。
「ちっ」
未知の道具である、何が仕組まれているか分からない。
設置型、おそらく上を通ると発動する罠だと目星をつけ、距離をとって横を通り過ぎる。
ヒルダが敵から意識を離したその時、遠藤は足を止めて銃を構えた。
鬱陶しいまでの回避行動に、隙が生まれた瞬間を見逃さなかったのである。
「織り込み済みだ!」
ヒルダはそばに寝転んでいた仲間を掴んで、己と敵の間に構える。
遠藤の舌打ちを聴いて、ヒルダは『やはり』と腹の内でニヤリと笑った。
ヒルダは遠藤へ急接近する。
部下との戦闘において、彼女は一つの事実に気が付いていた。
遠藤の使用している武器は、部下を戦闘不能、そして死にいたらしめるほど殺傷力に長けてはいる。しかしその反面、魔法に比べて破壊力が劣っていたのである。
少なくとも壁や床を
両者の距離が、手を伸ばせば届くまでに近づいた。
盾にした部下は外套の下に金属の鎧を着ている。たとえ攻撃しても、放たれる飛翔物は後ろの自分に傷は与えられない。
後は左手に握っている短刀を、彼の腹部に刺せば良いだけだ。
遠藤の指がボタンを押し込んだ瞬間、ヒルダは勝利を確信した。
しかし、遠藤の手にした武器から飛翔物は発射されなかった。
「何をっ!?」
ヒルダの背中に衝撃が
体中の力が抜け、思わず膝を地面につく。背中から暖かいものが出て行って、腹の中が寒くなった。
「あっ……がはっ」
少女は両手を床につけ、地面に寝転がりたい衝動に抵抗する。
負けるのは良い。しかし、敗北の原因を突き止めずに負けるのは、戦いに身を置く者にとっては死以上の屈辱であるからだ。
四つん這いの姿勢から頭を下げたところで、股の隙間から後ろを確認できた。そして、誰に攻撃されたのかを理解した。
先ほど設置された武器の矛先がこちらを向いていたのだ。
プロパティ――
取り出した銃器に対して様々な設定を施すことの出来る、遠藤が【
オート・クロック――【
【
最大24時間まで秒単位で自由に設定可能。
テン、セコンド――
銃撃する時間、すなわち10秒後。
【
これが、
「……どうしようもなかったか」
諦めたように彼女は仰向けに寝っ転がった。
仮にこの仕掛けに気づいたとしても、遠藤の指に全神経を注ぐしかない彼女は防ぐことは出来なかったであろう。
過去に戻ったとしても、どこかの動きを変えることはない。それほどまでに洗練した行動をとって負けたのだ。
戦いを放棄した彼女へ、遠藤はゆっくりと近づいていく。
その時、後ろの柱の裏で不気味な影がゆらりと揺れた。
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