第145話 カレンデュラ
冒険者パーティーのランク付けには、一つの
メンバーに同ランクの冒険者が、最低一名在籍しているというものであった。例を挙げれば、Cランクパーティーには、Cランク冒険者が一人在籍している必要がある……という具合である。
先日
パーティーのランクを次の位階へ進めるためには、メンバーの一人がBランク冒険者へ昇格する必要がある。
必須資格の国家認定冒険者証の試験まであと一週間、勉強会も佳境を迎える時期であった。
「全ての分野に言えることですが、詰め込む知識には全部で三種類が存在します。
必須知識、推奨知識、豆知識です」
蝶の羽ばたき亭の一室からエストの軽快な説明が聞こえる。
「必須知識は絶対に覚えておかなくてはいけない、基本中の基本のルールです。
人を殺してはいけない、物を盗んではいけないなどの、間違ってしまうと職を失ってしまうものばかりですので、資格を取った後も忘れないようにしてください」
机を並べる四人の前で、新しくパーティーに加わった少女が教鞭を執る。
「次に推奨知識は、覚えておいた方が良い知識で、マナーや暗黙の了解などがこれに当てはまります。
一つ目程死活問題にはなりませんが、知らないと恥をかきます」
懇切丁寧に説明を行う彼女の声にはハリがある、自分がこの場にて必要とされていることへの嬉しさがにじみ出ているようであった。
「最後に豆知識、覚えておくと得な知識です。
忘れても冒険者として活動は出来ますが、知っておいた方がお得な先人の知恵の数々です」
三つの知識を説明し終わったエストは、手元のノートに書き込んだ『必須知識』を指さす。
「国家認定冒険者証の存在理由が、『この人は冒険者として最低限の知識は持っていますよ』の保証である以上、必須知識は必ず出題されます。
なので、ここを押さえておくと合格点に届きやすくなりますよ」
「なるほどぉ!」
彼女の授業に感動を覚えた中村が、手帳に教えを記していく。
「すごく分かりやすくてためになる! エストがついていてくれたら合格する気がしてきたよ!」
「そ……それは褒め過ぎじゃないですか?」
容赦のない誉め言葉の口撃に、内気な少女の顔は恥ずかしさで赤くなる。
カレラに叩き込まれた知識を自分なりに咀嚼し、要点をまとめた彼女の教え方は中村に合っていた。
「なんだナカムラ、私が教えるときより生き生きとしているじゃないか」
以前の勉強会ではぐったりとしているリーダーの、実に珍しい様子をクラマがからかう。
「……そういえばクラマさんは、一緒に国家認定冒険者証の試験を受けないんですよね」
彼女の声を聴いて、思い出したように中村が確認する。
リベリオンズから試験を受ける冒険者は中村と遠藤の二人。ローザはEランク、エストはDランクのため受験の条件を満たしていない。
「なんだよナカムラ、あんたとパーティー結成する前から決めていたことだろう?」
「そうなんですけれど、いざそうなると切ないというか……
マラソンで一緒に走ってたのに、急にどこかに行ってしまった寂しさというか……」
「マラソン?」
「ああ……いえ、何でもないです」
クラマも少年二人と同じくCランクとなっていたが、試験は受けなかった。
「それではさっそく必須知識からの問題です。ゾンビグラスという薬草から作成される、
「えぇ……と」
思わぬ問題の不意打ちに、中村はヒントを求めるように横のクラマをチラリと見る。
少女の口角がニヤリと上がっていた。この表情が答えを知っているけど教えないという感情の表れだと悟り、問題を振られた少年は静かに絶望した。
◆◆◆
大きなトラブルもなく勉強会が終了し、皆が寝静まった後。
夜風に頬を撫でられて、中村が目を覚ました。
「……ん」
ゆっくりと瞼を開くと、月光に照らされたベランダが輝いている。
周囲のメンバーを起こさないように忍び足で歩き、手すりに身体を預けて街並みを見下ろした。
「少し前はここで迷っていたんだよなぁ」
忘れもしない二週間前、この時間この場所で人生の岐路に立っていたことを思い出す。
冒険者として一流かどうかの試験を受けると伝えたら、過去の自分がどんな顔をするのだろうか。
コンコンと手すりが高い音を立てて振動する。横に振り向くと、いつの間にか黒ずくめの
「順調そうだな」
「し! ししょ……」
影山が人差し指を口に当てている様子に、中村は慌てて自らの口を塞ぐ。
「遅くなったがCランク昇格おめでとう、予定よりもかなり早くて正直驚いている」
「……パーティーのみんなが支えてくれているおかげです。遠藤君やクラマさんは勿論、ローザやエストにも助けられる毎日です」
部屋の中で寝息を立てている仲間を見ながら、師の賞賛に謙虚な言葉を返した。
「いい仲間に出会うのも実力の内だ、誇っていい」
「はい……」
会話はそこで途切れた、二人は何も言わずに町の景色を眺める。
しばらくの沈黙、そこに不快感はない。
遠くの喧騒が微かに聞こえる、どこか心地の良い沈黙だった
だからだろうか? 胸の奥にずっと閉じ込めていた
「僕、実の両親の顔を知らないんですよ」
喋った後に、師から『突然語りだした奴』と思われていないかと不安が襲い、横目で影山の様子を伺う。
影山は何も言わなかった。しかし、話し出した自分に対して不快感を持っていないことは、言外から伝わった。
安心した中村は言葉を続ける。
「ある日どこからか現れた父……
親戚は『中村』の苗字を父に与えて迎え入れたんですが、数日経ったある日、父は消えるようにいなくなってしまいました。
今はどこで何をしているかも分からないとのことです」
胸を押さえつけて手の平に力を入れる、服がしわくちゃになるが構わなかった。
「中村家はそんな得体のしれない僕を、いない存在として扱いました。
虐待はされませんでしたが、明らかに距離をとって接されていたことを、今思い返せば伝わります」
「そんな環境で育った僕は、自分で言うのもなんですがかなり自虐的な性格だったと思います。
あんなひねくれた人間と
「……?」
一部の言葉に引っ掛かりを覚えて、ピクリと仮面の奥で眉が動く。しかし、話の腰を折るべきではないと判断して、影山は抱いた疑問を口には出さなかった。
「こんな人生を歩んだからでしょうか? 僕は自身の未来が想像できませんでした。
どんな大人になるとか、職業につくとか、不安まみれで具体的に考えることを拒絶していたんだと思います」
弟子は師に向き直り、深々と頭を下げて腰を直角に曲げた。
「だから……改めてお礼を言わせてください。あの時手を差し伸べてくれたおかげで、今の僕は未来に向かって進めています」
話の終着点を聞いて、影山は中村の肩を叩く。
「私はきっかけと場所を提供したに過ぎない。進めているのは中村の努力の賜物だろうよ」
中村が照れくさそうに笑い、ひっそりと起きていたクラマがその通りだと静かに頷いた。
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