第146話 暗き追い風

 始まりは普段との小さな誤差ずれであった。


「……ナカムラ様」

 早朝の冒険者ギルドにて、掲示板からはがした複数の依頼書を、受付嬢のカレラに差し出した時の事である。

 いつもであれば受諾判じゅたくはんを軽快に押下するはずの彼女が、今日は何も手を動かさずにじっと中村の瞳を見つめた。


「本日も依頼を受けてくださりありがとうございます」

「は……はい? えぇと……どういたしまして?」

 改まって伝えられた感謝に中村が困惑していると、カレラはカウンターの上に置かれた依頼書を引き出しにしまってしまう。


「先ほどギルドマスターより最優先の依頼がリベリオンズに出されました」

「……っ!」

 冒険者ギルドという一大組織のトップ直々の指示。中村には心当たりが一つだけあった。


「他の何を差し置いてでも受けてほしいとのことです。詳しい内容につきましては私が個室にてお話ししますので、パーティーメンバーの皆様と一緒についてきてください」

 喧騒の中で、カレラの声がやけにはっきりと聞こえた。




◆◆◆




「まず初めに自己紹介をさせてもらおう、私はアイアタル・フォン・ノイマン三等男爵、憲兵団にて第二分隊隊長を任されている」

 個室に案内されたリベリオンズを待っていたのは、魔術師メイジが好んで着るローブに袖を通した一人の青年だった。

 短く刈り上げた金髪と鋭い目つきは、獲物を逃がさない蛇のような印象を覚える。

 言葉を発するごとに、首をピクッピクッと短く素早く動かす様子は周囲に威圧感を与えた。


「憲兵さんですか? その恰好はどちらかというと私たちと同じ……」

 エストの疑問はもっともであった。

 憲兵は普段黒を基調とした服装に、金の腕章をつけた格好が一般的である。しかし今の彼の格好は冒険者のそれに近い。


 アイアタルは質問者へ振り向く。目つきの悪さに内気な少女は縮こまってしまい、傍からは余計な質問をしたエストを睨んでいるように見えた。

「初対面にも関わらず正装を着用していない非礼を詫びよう。

 これは周囲の耳目を集めないための変装であり、決して君たちを軽んじているわけではないことを理解して欲しい。

 それほどまでに今回の一件は隠密性を徹底したいのだ」

 凶悪な見た目に反して、出てくる言葉は相手への配慮に満ちていた。


「ふ~む」

 一連の様子を見ていたクラマは、アイアタルの人となりを見定める。

 真面目な性格ではあるのだが、見た目の悪さで相手から距離を置かれている。第一印象で損をするタイプという結論であった。


「それでは、本題へ入って良いかな?」

 リーダーの中村の頷きを確認して、青年の憲兵は首を曲げながら耳長族エルフの少女を見る。

 敵意も悪意もないことは分かっているのだが、どうしてもその眼差しに杖を持つ手がびくりと反応してしまう。

 

「そちらのローザリンデ殿を、不法に奴隷として所有していた貴族であるエクムント二等伯爵、その証拠を憲兵が押さえた。

 ついては、彼女を発見・救出した『リベリオンズ』に伯爵捕縛の協力要請をお願いしたいのだがよろしいかな?」


「……え?」

 ローザの目がこれ以上ないくらいに開いた。


 伝えられた事実を処理できずに、金髪の頭が限界を迎えたことを察した中村が二人の間に割って入る。

「す、すみません少しお待ちください」

「承知した、少し待つ」

 素直な憲兵の返事を受けて、少年は少女の手を引いて自分がパーティーで軍師として頼っている男の元へ早足で近づいた。

 

「遠藤君、ローザが自由になるまでに必要なことを確認したいんだけどいいかな?」

「……奴隷を所持していた『主』を見つけ出して、

 屋敷の中から処分されたかもしれない証拠を探し当てて、

 王国側が僕たちの言い分を真剣にとり合ってくれて、

 組織された逮捕部隊が手際よく『主』を捕える」

 遠藤は過去にまとめた箇条書きを復唱する。中村は唾を飲みこんでから、続けて質問を投げた。


「アイアタルさんが今言ったことを整理すると?」

「……『主』の正体も、証拠も、王国側が言い分をとり合ってくれることも解決しているから。もう後はそのエクムントとやら逮捕するだけ。

 その逮捕部隊に協力してくれないか……と頼まれている状況だ」

 言葉を発する遠藤の表情は、彼にしては珍しい困惑に満ちたものだった。


「私をあんな目に遭わせた奴らに手が届くと?」

「…………そうだ」

 頼りにしている頭脳からの肯定に、ローザが口元を押さえて考え込んでしまう。

「……いきなりの状況に気分がとても高ぶっているようだ。

 すまないが彼との会話はナカムラにお願いしても良いか?」

「それは構わないけど……」


 様子を首を曲げて覗き込んでいたアイアタルが口を開いた。

「何か不愉快な内容でも?」

「いえ、むしろ嬉しい内容なんです! なんですけれど、僕たちに都合が良すぎて逆に困惑しているんです」

「なるほど、確かに逆の立場なら俺もそう思うだろう。しかしこれは事実だ」

 己にとって都合の良い事実は、行き過ぎると逆に不安を生む。


「エンドウ、こんなにあたし達が追い風の理由考察できる?」

「……考えてはいるのだが……」

 クラマに催促された遠藤が頭を抱えた。


「……カレラさんの書いてくれた報告書が……憲兵の心を震わせるほどに完璧で……かつアイアタルさんら憲兵が……八面六臂の活躍をしてくれた……とか……?」

「なるほど」

 今まで頼りにしてきた遠藤の考察に、中村はそうなのかと頷く。

「なるほど?」

 対して結論のあまりの現実味の無さにローザは首を傾げた。


「お待ちください」

「待て待て」

 カレラとアイアタルが遠藤の考察に待ったをかけた。


「私はギルドの規定に従った報告書を作成したのみで特別なことはしておりません」

「こちらも何と言うか証拠が向こうから転がり込んできただけで……敏腕というには程遠い」


 アイアタルの発言の一部に、遠藤の明晰な頭脳が反応した。

「……向こうから転がり込んだ? ……もしかして裏で師匠が?」

 影に潜む事実を掴みかけた遠藤に、中村はひっそりと耳打ちを行う。











「やっぱり仕事が出来る人は謙虚なんだね遠藤君、僕も見習わなくちゃ」

 純粋すぎる自分たちのまとめ役は、二人の否定を謙遜の言葉として受け取っていた。

「……リーダー、少しは俺を疑ってもいいんだぞ?」

 呆れながら、遠藤は考察を進めていく。


 『主』――エクムント二等伯爵から証拠をすっぱ抜き、憲兵に問題なく届けてしまう離れ業。

 こんなことをこなせるのは、遠藤が知る限り師である影山ただ一人だけだ。


 ならばと遠藤の頭蓋は一つの結論をはじき出した。

 今のリベリオンズがやるべきことは、憲兵の発言を疑う事ではない。

 影山が作ってくれたチャンスに乗じて活躍……すなわち『目立つこと』なのだ。


「サポートが手厚すぎやしないか?」

 改めて敵に回さなくて良かったと確信しながら、遠藤はカレラとアイアタルに尊敬の眼差しを送る中村の肩を叩いた。

 振り返った彼は、右腕の意思を受け取ると憲兵に改めて向き直った。


「逮捕の協力のお話でしたよね?

 僕たちの力が役に立つのであれば、ぜひよろしくお願いします!」

 ようやく現実を受け入れ始めたローザが、気後れしないようにと唇を結んだ。

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