第140話 罪

「そろそろ面会の時間だ、資料の準備は出来ているかクロード」

「問題ない、ここに揃っている」

 冒険者ギルドマスターであるバットの確認に、自分ことクロードもとい影山亨かげやまとおるは手元のファイルを軽く叩いた。


「時間を作ってもらって助かったギルマス。正規の報告が握りつぶされた以上、こんな搦め手を使うしかないんだ」

「気にするなクロード。俺のやらかしでお前にいろいろと迷惑かけたからな、少しは返しておかんと寝つきが悪くなる」

 出来る範囲で支援はする、と言質を取っておいたことが役に立った。


 ドアが乾いた音を四回鳴らす。

「失礼します」

 入ってきたのは受付嬢のカレラさんだった。手に持った書類を見るに、ギルドマスターの決裁を受けに来たというところであろうか。


 自分とギルマスが外出の支度したくをしている様子を見て、書類を背中へと隠して首を傾げた。

「……後でもう一度伺いましょうか?」

「いえ、むしろちょうどよかったです」

 気を聞かせて退室しようとするカレラさんに、いつも使用しているものとは別の黒い仮面を装着しながら近づいた。


「すみませんが、二つほど頼まれてくれませんでしょうか?」

うけたまわりましょう」

 ポケットから急いでメモを取り出そうとする彼女に、その必要はないと手で静止を行う。


「まず一つ目は、カレラさんの影に私の分身体を潜ませてもよろしいでしょうか?」

「はぁ……?」

 予想外の言葉に、受付嬢の表情は困惑一色に染まる。予想通りの反応に、こちらは『まあ、そうなるだろうな』と心の中でため息をついた。


 奴隷所持の報告をもみ消したクシュナー元老は、報告を行ったカレラさんを血眼で探している。あの老人の言動を見るに、見つけ次第暗殺者を送ってくる可能性もある。

 護衛という意味で、彼女を目の届く範囲に置いておきたかった。


「中村達があなたにどのような依頼達成報告を行っているか、私も知っておきたいのです」

 本当の事情は伏せて、今考えたそれらしい理由を彼女に伝える。殺されるかもしれないという恐怖は、本人の想像以上に心を蝕むからである。

 カレラさんには、リベリオンズの補助に集中してほしい。


「あぁ、なるほど……はい」

 説明を聞いて、納得半分不安半分といった表情で機械的に頷く。

 少し言葉が足りなかったかと、補足を付け加えた。

「勿論それ以外の場面は五感を閉じて、カレラさんの私生活の邪魔は致しません」

「あっ、はい。それなら大丈夫です!」

 途端に彼女は安堵の表情を浮かべて、明るい声色で承諾する。


「良かった……見られないということですね……私のあんな部屋」

「部屋?」

「あぁ! いえ、何でもないです!」

 失言を拾われてしまった受付嬢は、顔を赤くして高速で手を横に振る。


「分かった、分かりました。一週間ですね? 分身体の件承知しました。はい。もう一つは何でしょうか?」

 早く別の話題に変えてほしいのか、矢継やつばやに言葉を並べる。

「はい」

 自分もこれ以上への詮索は、挙動不審になっている彼女に余計な不快感を与えると判断して、次のお願いを口にする。


「中村と遠藤が教会から帰ってきたら伝えておいてください。今日から自力で、泊まる宿を見つけてほしいと」




◆◆◆




「あぁ、疲れた! 足が棒になったなった!」

 元気な声でクラマがベッドにダイブする、とても疲労が溜まっているようには見えなかった。


 教会から冒険者ギルドに帰ってきたリベリオンズを待っていたのは、受付嬢カレラを介した影山の指令だった。

 いくつもの宿で満席だと断られ、ようやく『蝶の羽ばたき亭』で腰を落ち着けることが出来た。

「どうして師匠は、いきなり宿を取れって指示を出したのでしょうか?」

「俺たちに経験をさせたかったのだろう」

 ぐったりと椅子に座る中村の疑問に、彼の参謀といっても過言ではない遠藤が答えた。


「この先冒険者を続けていく以上、依頼内容によっては王都から遠征して別の町や国に滞在する可能性も存在する。

 その日のうちに全員分が泊まれる宿を探して宿泊手続きを行う、ということもさほど珍しくはないのかもしれない」

 今日みたいにな、と後ろに付け加える。

「師匠はその手順と大変さを、この駆け出しのうちに知っておいて欲しかったのではないだろうか?」

「何でも分析するじゃないか君」

 他人の疑問を理詰めで説明する彼に、ベッドで仰向けになったクラマがからかった。


「もし、こうやってあたしがベットでゴロゴロすることにも意味があると言ったら、真面目に考察してくれるのかい?」

「必要ならばすぐにでも」

「いや……やっぱりしなくていいよ。本当は何も意味がないのにいろいろ真剣に考えられたら、顔から火が出ちゃう」

 遠藤の真面目な声色と、クラマのカカカと陽気な笑いを聴いて、中村はもう一人のパーティーメンバーがこの場にいないことに気が付いた。


「あれ? ローザは」

 質問に答えたのは遠藤だった、何も言わずに親指でベランダを指す。

 やや筋肉痛の足を動かして向かうと、てすりに腕を組んでもたれかかり、二つの月を見上げている金髪の少女がそこにいた。絵画のようで実に綺麗であった。

「ローザ……」


「ナカムラ……改めて一言謝りたい。複雑な事態に巻き込んでしまってすまない」

「気にしないで、それに僕も君に対して一つ謝らないといけないんだ」

 中村はローザの言葉を受け取り、そして後ろめたい事実を彼女に懺悔する。


「……実は僕はローザが襲われているところを見かけた時、無視する選択を選ぼうとしたんだ。

 君を助けたのはメンバーと相談した結果で、僕は本来君から感謝される筋合いなんてないんだ……」

 目を伏せてあの時の葛藤を吐露する。彼もまた、困っている少女を無条件に助けるほど清廉潔白な人間ではなかった。


「君は嘘がつけない人間なんだな。そんなこと黙って恩を着せておけばいいものを……」

「がっかりした?」

「そんなわけあるか」

 白く細い指が中村の傷だらけの手を包む。見上げると、彼女はふんわりと微笑んでいた。

「君が誰もを無償で助ける高潔な存在なら、私は面倒ごとに関わらせてしまった罪悪感で心が潰れていたかもしれない。安堵したよ。君は私の恩人である前に、一人の男の子なのだな」

「……ありがとう」

 心の中にじんわりとしみ込んでいくような優しい声だった。

 

「……ナイトハルトさんも無事だといいですね」

「あぁ……逃亡の罪を逃げた私の分まで受けていなければ良いのだが」

 今は生死さえ分からない彼への心配から、ローザはベランダでたそがれていたのだろうと中村は察した。


「僕思うんだけれど、そのナイトハルトさんはローザが考える程酷い目にはあっていないと思う」

「その根拠を聞かせてほしい」

 ローザにとっては願ってもない希望的観測である。思わず中村へと距離を詰める。


 中村は至近距離の美貌に動揺していることを悟られないように、噛まないようゆっくり丁寧に舌を動かした。

「ローザたちを無理やり従わせていたヘルムートだっけ? その人はローザを見て最初にこう言ったんだよね? 『実に合っている・・・・・』って」

「そうだ」


 相手の相槌を確認して、事実を考察に繋げる。

「それってローザやナイトハルトさんが、他の人には無い何かしらの条件を満たしているからって考えられない?」

「なるほど……その視点はなかった」

 目から鱗といった様子で、耳長族エルフは腕を組む。

 

「そんな貴重な人材を、『主』って人が乱暴に扱う事はないと思うんだ」

「そうか……そうだよな……いや、そうに違いない!」

 彼の出した結論をローザは信じるようだった。無論これは机上の空論であり、ナイトハルトが無事だという決定的な根拠にはならない。

 しかし中村は考える。今まで彼女はずっと苦労してきたのだから、少しぐらい心を軽くしても良いじゃないか、と。


「ありがとうナカムラ、ずっとそれが気がかりだったんだ。心のおもりがすっと取れた気がする」

「それなら良かったよ!」

 表情が明るくなった彼女に、中村が笑顔で返した。


「は~い、ナカムラとエンドウちゅうも~く」

 クラマが大声で二人を呼んだ。中村が首を伸ばして部屋を覗くと、机の上に『国家認定冒険者証』取得のための勉強教材が積まれていた。

「宿は変わっても勉強会は続けるよん」

「ひっ!」

 勉強嫌いが声にならない悲鳴を上げると、委縮してしまった背中を細い指が突っついた。


「もしよければ一緒に学ばせてくれないか? 私もその知識を備えていた方が、より君たちの役に立てると思うんだ」

 もう彼女は立派にBランクパーティーを目指すリベリオンズの一員だった。

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