第139話 転職と昇格

「まず初めに、皆様は自身のステータスに記載されている職業ジョブに、満足されておりますでしょうか?」

 アーガーベインがリベリオンズの面々に対して、一つの問いを投げかける。誰も首を横に振らないことを確認して、花崗岩のような顔を綻ばせた。


「それは素晴らしいことでございます。

 充実した冒険者生活を送られているのではないでしょうか?」

「はい! それはもう」

 中村が元気に返事をする。依頼を受けて、問題なくこなし、課題を話し合って、次の依頼に生かす。王城で引きこもっていた頃よりも遥かに大変ではあるが、今日の自分が昨日よりも成長できているという実感があった。


「……しかし、世の中には『やりたいこと』と『出来ること』が、かみ合っていない方もおられます。

 剣で成り上がりたいのに【魔術師メイジ】であったり、

 逆に魔法に憧れていたのに【戦士ウォーリア】であったり、と」

「夢と才能の隔たりみたいなものですか」

「近いかもしれませんエンドウ殿。

 そのような方たちにとって、この職業変更ジョブ・チェンジの水晶は『やりたいこと』に挑戦できる魔法道具なのでございます」

 水色の水晶の滑らかな面を、手袋越しの大きなてのひらが撫でる。


「有名な方を挙げていけば、伝説の『パラウトの巫女』の少女もこの水晶で、【僧侶シスター】から【巫女シャーマン】に変更されました」

「へぇ……」

「ふむ……」

 巫女という言葉に中村と遠藤の脳裏に、師走しわす亭の近くに居を構える神社の巫女が浮かんだ。植物人マンドレイクの少女に半耳長族ハーフエルフの侍と共に平穏に暮らし、どこかはかなげな印象を覚える女性だった。


「また勇者サトウのお仲間も、変更を行ったと記録されています。

 パーティーメンバーが戦闘職に固まり過ぎていたため、バランスをとる目的だったと考察されております」

 『サトウ』という名前に対して中村がピクリと反応し、それを悟られないように腕を組んだ。遠藤はリーダーの挙動を察知したが、ここでは重要ではないと判断してあえて気が付かないふりをする。


職業変更ジョブ・チェンジの水晶で成りたい職業ジョブに変更することは、自分が夢を諦めきれていないことを周囲に公言しているようだと、恥ずかしがる冒険者もいらっしゃいます。

 しかし、私は夢を追い続けることは、夢を諦めて自分の出来ることをコツコツ積み上げることと同じぐらい素晴らしいと……おっと、これはいけない」

 アーガーベインはぴしゃりと自らの頬を叩く、衝撃波でローザの耳飾りが揺れた。


「聞いてくださる方がいるとついつい話が長くなってしまう、私の悪いところです。

 説明はここまでにして、実際に使ってみましょう」

「はい! あたしいっちば~ん」

 先ほどから落ち着かない様子だったクラマが、片手を恐るべき速度で天へと挙げる。


「これはこれは、元気の良い方が名乗り出てくださいました。

 それでは、こちらに立って手で触れてみてください」

 カランコロンと綺麗な音を立てながら水晶の前まで歩き、好奇心で輝かせた瞳で錫杖を持っていない方の手を伸ばす。


 白く細い指先と、水色の澄んだ表面が接触した。

「ほう……こりゃ、よりどりみどりだ」

「みどり……?」

 クラマの独り言にローザが首を傾げた、彼女のまなこには烏族テングが何もない場所を凝視して感心しているように映ったからである。


 使用者が端から端まで見終わったことを察して、解説者が横から声を掛ける。

「クラマ殿、一覧は本人の許可が無ければ周りにお見せできない仕組みになっております。

 見せても問題ないようでしたら、心の内で『許可』と念じていただいてもよろしいでしょうか?」

「これは失敬しっけい、私の可能性とくとご覧あれ!」

 啖呵と同時に、クラマと水晶の間にステータスのような黒い板が表示される。


■■【選択可能な職業ジョブ】■■

現在:【山伏シュゲンシャ

候補:【戦士ウォーリア】【サムライ】【魔術師メイジ】【僧侶シスター】【神官ビショップ】……


■■■


 候補に並ぶ大量の文字列が、中村の心臓に早鐘を打たせる。

「ぼ……僕も使ってみてもいいですか?」

 気がつけば正直な気持ちを相手に伝えていた。

 今の職業ジョブである【合成獣キメラ】に不満があるわけではない、自分の隠れた可能性を一目見てみたいという好奇心であった。


「それではこちらへ、ナカムラ殿」

 笑顔のアーガーベインに促され、水晶の前に立つ。はやる気持ちを抑えたこわばった顔が、表面にうっすらと映し出されていた。

 念のためと手の平を服にこすりつけ、ありもしない汚れを落とす。


 左手で胸を抑えながら、恐る恐る右手を水晶に当てた。

「許可……!」

 ヒヤリとした感触と同時に、目の前に黒い文字盤が浮かんだ。


■■【選択可能な職業ジョブ】■■

現在:【合成獣キメラ

候補:


■■■


「え……候補が……?」

「これはこれは」

 予想外の結果に、アーガーベインの目が見開かれる。


「俺も使わせてほしい」

 事の一部始終を見守っていた遠藤が、中村の横から水晶に手を当てる。


■■【選択可能な職業ジョブ】■■

現在:【狙撃手スナイパー

候補:


■■■


「ナカムラ殿とエンドウ殿は特異職業ユニークジョブをお持ちなのですね」

「ゆにーくじょぶ?」

 鸚鵡おうむ返しする中村に、アーガーベインは単語のつづりが合っていると頷く。


「基本として職業ジョブは不特定多数の方が持つ一般的なものでございますが、極稀に世界にただ一人しか持っていない職業ジョブが存在するのです。

 私ども教会は、これを特異職業ユニークジョブと命名しております」

 僧侶は説明の最中に胸へ手を置く、珍しいものを見せてくれたことに対する感謝を表しているようであった。


職業変更ジョブ・チェンジの水晶による転職が行えない代わりに、強大かつ独特な力を行使できるといわれる、特別な職業ジョブでございます」

「言峰の【勇者】や、桐崎きりさきの【聖女プリースト】みたいなものだ」

「言峰君達の!?」

 遠藤の補足に中村の心が明るくなる。かつて憧れたクラスの中心人物の名が挙がり、彼らと同じ種類の力が自らに備わっている事実が嬉しかった。


「……恥ずかしいんですけれど、アーガーベインさんのような凄い方から、『特別』って言ってもらえるのは少しだけ嬉しいです」

「それは私にとっても喜ばしい事です。恥ずかしがる必要はありません。

 あなたが、あなたのもちものを愛することへの一助になれたのであれば、解説者冥利に尽きるというものです」

 照れくさそうに笑う中村に、男は優しい笑みを返した。


「それでは、次にこちらの職業昇格ジョブ・グレードアップの水晶を説明させていただきます。

 ローザリンデ殿、この赤い水晶に触れていただいてもよろしいでしょうか?」

 リベリオンズの中で水晶に触れていなかった耳長族エルフに、アーガーベインは魔法道具の使用を求める。


「許可!」

 嬉しそうに耳を動かしながら水晶に触れると、先程とは別の種類の文字盤が浮かび上がった。


■■【現在の職業ジョブ】■■

僧侶シスター


■■【昇格可能職業ジョブ】■■


■■【昇格候補職業ジョブ】■■

巡礼者ピルグリム

昇格条件:Lv,80以上、回復魔術Lv,5取得


高位僧侶アーク・プリースト

昇格条件:Lv,100以上、回復魔術Lv,7取得


戦闘滅魔神官クルセイダー】:

昇格条件:Lv,150以上、【戦士ウォーリア】転職済み、回復魔術Lv,10取得、剣術Lv,10取得


枢機卿カーディナル

昇格条件:Lv,170以上、【高位僧侶アーク・プリースト】昇格済み、回復魔法Lv,10取得、御業への信仰Lv,10取得


■■■


「このように、『現在の職業ジョブ』『昇格可能な職業ジョブ』『昇格候補職業ジョブ』の三つが表示される仕組みになっております。

 昇格条件を満たしますと、候補の職業ジョブが『昇格可能な職業ジョブ』欄に表示され、選択することで上級職に昇格することが出来ます。

 彼女の職業ジョブは【僧侶シスター】ですので、以下の四つが選択可能となります」


 説明を聞いていた遠藤が、静かに手を挙げる。

「……質問をよろしいでしょうか?」

「もちろんです」

職業変更ジョブ・チェンジの水晶で、上級職から別職種の上級職への転職は可能でしょうか?

 例えば、【高位僧侶アーク・プリースト】に昇格したとして、【魔術師メイジ】の上級職である【高位魔術師アーク・メイジ】への転職といったぐあいです」

「なるほど、良い質問です。それではこちらをご覧ください」

 大きな手が職業変更ジョブ・チェンジの水晶を包み、アーガーベインの転職可能な職業ジョブ一覧が映し出された。


■■【選択可能な職業ジョブ】■■

現在:【戦闘滅魔神官クルセイダー

候補:【サムライ】【魔術師メイジ】【神官ビショップ】……


■■■


 覗き込んでいる皆が全ての職業を確認し終わると、アーガーベインは再び口を開く。

「この通り、別の職種の上級職は一覧にございません。私が【高位魔術師アーク・メイジ】になりたい場合、【魔術師メイジ】に転職してコツコツと条件をクリアして昇格するしかないのでございます」


「なるほど……」

 眉に皺を寄せながら腕を組んだ後、ローザの方をチラリと見やる。

「彼女を効率よくLvレベルが上げやすい職業ジョブに転職させた後、すぐに上級職に昇格させてから、再び転職で【高位僧侶アーク・プリースト】をするといった裏技は出来ないわけですね」

「残念ながら……。

 どの分野においても、一流には近道が無いものでございます。お忘れなきよう」

 効率だけを求めたような遠藤の計画に、アーガーベインは手を組みながら苦笑した。

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