第136話 仲間一人目

「……これが私の三年間です」

 王都冒険者ギルド、消毒液の匂いがほのかに漂う医療室のベットの上にて、耳長族エルフは透き通った声でポツポツと言葉を紡ぐ。

 隷属術式から解放された彼女の口から語られたのは、あまりにも信じがたい事実の数々だった。

 術式を解除して隣のベッドに腰かけるクラマ、少し離れた場所で腕を組んで壁に寄り掛かる遠藤、備え付けの机で事務処理を行うカレラ、誰も何も話さない。


「あの……すみません」

 重苦しい空気に耐えかねて、傍の椅子に腰かけた中村が手を上げた。周囲の注目が集まり、自然と緊張した本人は唾を飲みこんで言葉を続ける。


「間違って……いたら……すみません、神聖……ルべリオス王国は……奴隷制度は……禁止されていたはずですよね?」

 勉強会で覚えたての、瑞々みずみずしい知識を披露する。言葉の一つ一つを頭で確認しながら発したため、ややたどたどしい言い方になってしまった。

 

「はい、確かに神聖ルべリオス王国は奴隷禁止です」

 中村の質問にカレラが間違いないと回答する。

 百年前に勇者として召喚され、魔王と相打ち英雄となった『勇者サトウ』。彼は奴隷制度に対して否定的な考えを持っており、その意思を受け継いだ神聖ルべリオス王国は長い時を掛けて奴隷制度の撤廃に成功した国家だった。


「王国内で奴隷を所持することは、勇者の意思に反するとして重罪になります。貴族であっても明るみに出ればすぐさま逮捕され、爵位剥奪と領地没収はまぬがれないでしょう。

 ナカムラ様が奴隷を発見したことは、既に私の方で報告済みです」

「それなら、後はその『主』という人に裁きが下るのを待つだけですか?」

「いえ、事態はそう単純ではありません」

 カレラは皺の寄った眉を指でほぐしながら、紙の上を走らせていたペンを止める。


「奴隷を所持していた『主』が誰なのかが分からないのです」

 中村は慌ててクラマに振り返る。術式の専門家スペシャリストである彼女ならば、術式を刻んだ人物を特定できると期待を込めて視線を送ったが、彼女は残念そうに首を横に振った。

「術式を解く前に念のため調べ上げたけど、ご丁寧に所有者に繋がる痕跡はきれいさっぱりの状態だったよん」

 いきなり難問に当たってしまった中村に、追い打ちを掛けるようにカレラは言葉を続ける。

「……加えて私たちは『主』が隷属契約を行っていた証拠を持っていません。

 仮に決定的な証拠が敵の手元にあったとしても、ローザリンデ様の逃走から今日までの時間を考えると、今頃は隠蔽や抹消を行ってしまった後と考えるのが妥当でしょう」


「王国としても無罪の人間に『お前は奴隷を所持していた』と冤罪を掛けて、民達からの信頼を失うリスクはとりたくはないからねぇ。

 逮捕部隊を組織してくれるか、そもそもちゃんと捜査してくれるかさえ怪しいところだよん」

「つまり、奴隷を所持していた『主』を見つけ出して、

 屋敷の中から処分されたかもしれない証拠を探し当てて、

 王国側が僕たちの言い分を真剣にとり合ってくれて、

 組織された逮捕部隊が手際よく『主』を捕えてくれて、

 ようやく彼女はその因縁から解放されるわけか」

「……そうなりますね」

 自由を手に入れるまでの道筋をカレラに同意されて、遠藤は苦虫を嚙み潰したような顔で俯く。


「余計な面倒ごとに巻き込んでしまってごめんなさい……」

 会話を横で聞いていた少女が、消えてしまいそうな声で周りに謝罪する。

「明日どうなってるかも分からない私のせいで」

 その自嘲に中村の心が強く動かされる、他人の言葉として聞き流すことが出来なかった。

 彼自身も、少し前は強くなることが出来ない、みんなの役に立つことが出来ないと、先の見えない不安に悩まされる日々だった。

 嫌というほど味わった、どうしようもない無力感と絶望感。中村にはローザリンデの気持ちが痛いほど分かってしまった。


 この人に手を差し伸べたい。

 かつて、血だまりの中で涙を流すことしか出来なかった自分を、力強く引き上げてあの堂々とした騎士のように。

 

「遠藤君、クラマさん」

 心で強く決心した中村は、パーティーメンバーの二人に振り向く。頭の回転の速い二人だった、何も言葉を交わさずともリーダーの意図を察知して無言で頷く。


 自分の考えを信頼する仲間に肯定された喜びを抑えながら、中村は改めて目の前の少女に向き直った。

「……ローザリンデさんは、この後どうするのですか」

「この体が問題なく動くようになれば、そのままギルドで登録を行って、冒険者として活動していきたいです。私を逃がしてくれた人の分まで、悔いのない人生を送りたいのです」

「つまりですよ、夢を叶える気持ちは変わらないんですね?」

 少女の正面まで中村がぐいと迫る。


「ローザリンデさん、僕たちのパーティーに入ってほしいです」

 大人しそうな少年の見た目に似合わない強気な態度に、綺麗な瞳がぱちくりとまばたく。

「み、皆さんにはこれ以上迷惑はおかけしません。単独ソロで頑張りますよ?」

「迷惑じゃありません」

 他人の言葉を全否定する、気が強いとは言えない中村にしては珍しい断言だった。

「それに追手を倒した以上、僕たちもその『主』から目をつけられていると思います。だから、別々に行動するより一緒に活動したほうがい良い結果を呼びやすいと思うんです」


「重荷にはなりませんか? 私が抱えている問題は一筋縄ではありませんよ?」

「実を言うとですね……僕も少し前まで自分一人では解決できない問題に潰されそうになっていたんですよ」

 戸惑う彼女に中村は己の過去を吐露し始める。


「……けれど、師匠やクラマさん遠藤君に助けてもらって、ここまで頑張ってこれたんです。だからローザリンデさんも周りに助けてもらった方が早く解決できると思うんです」

 思わぬ感謝の不意打ちを喰らったクラマはニマニマと笑い、遠藤は顔を中村からそむけた。


「僕の短い人生に基づいた経験で恐縮なんですけれど……」

 照れくさそうに笑う少年を観察して、彼女の中で何かが解決したようであった。頭を下げて綺麗な金髪を前に垂らす。


「ありがとうございます……これほどの好意を無下にしては、祖先に対して顔向けが出来ません。

 お言葉に甘えて、パーティー入らせていただきます」

「これから一緒にやっていくんです。敬語なんて使わないでください」


「わかった。それなら君はわたしの命の恩人だ、そっちも敬語は使わないでほしい」

「分かったよローザリンデ」


「ローザでいい、親しい人からはそう呼ばれていた」

「分かったローザ、これからよろしく。ちなみに君の職業ジョブは何?」

 中村からの質問に、ローザは胸元で手を組んで祈る姿勢をとった。不思議に思った中村が顔を近づけると、いたずらを仕組んだ子供のように目を細めて微笑んで見せた。

「こう見えて【僧侶シスター】なんだ、役に立てるかな?」


 美貌も相まって少年の小さな心臓が跳ね上がる。

「た……たたた、たしか、サポート面で心強い職種だよね?」

「うん、元々攻撃面が弱い職業なんだが、わたしはさらに回復や結界などの技能スキルを中心に取得しているんだ。だからあまり攻撃面などは期待しないでほしい」

「つまりそれは後方支援に特化しているという事だよね!? それこそ僕たちが欲していたものなんだ!」

 耳長族エルフは自分が役に立てる喜びで、中村は思わぬ形でパーティーの課題を解決できた嬉しさで、お互いに笑顔を見せ合った。


「それではローザリンデ様を、パーティー『リベリオンズ』に加えるという結論でよろしいでしょうか?」

 会話がひと段落ついたと判断したカレラが、この場での決定事項について再確認する。新メンバーとリーダーが頷くと、パーティー結成の際に血判を押した書類を差し出した。

「承知しました、ではこちらの共罪証明書アンハルト・スクロールに彼女の名前を追記した後、訪れてほしい場所がございます」


「僕たちの時とは少し違うのですか?」

 中村の問いに、受付嬢は窓の外を指さした。いろどりある街並みの中にひときわ大きく造られた神殿が見える。

「彼女を『教会』に連れて行って登録を済ませてください。この王国で回復職が冒険者活動をする際は必須なのでございます」

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