第124話 屍喰鬼は吸血姫の夢を見ない ⅩⅠ

 暗い地下室で、同じ年頃の少年少女が押し込められていた。

 皆悲しみと恐怖に満ちた表情をしており、少しでも不安を紛らすためにいくかのグループになって固まっている。

 『』はどこのグループにも属さずに、部屋の片隅でうずくまっていた。


 どのくらい経ったであろうか、乾いた革靴の音と共に初老の男が姿を現す。庶民が一生働いても買えないような豪華な服に身を包み、作り笑いを顔に張り付けていた。

「初めまして、子供たち。突然ここに連れてこられて驚いていることだろう」

 渋い声はとても聞き取りやすいが、どこか機械的な冷たさを含んでいる。


「私の名はハイゼンベルク、四罪公爵のハイゼンベルクと言えば分かるだろうか?」

 その名前に『』は唾を飲んだ。ハイゼンベルク・フォン・プラーレライ、大陸の半分を領地とするバルト純血連合国の頂点に立つ四人の公爵位吸血鬼ヴァンパイア・ヘルツォークの一柱の名である。

 少年少女たちの住んでいる村はルべリオス公国に属しており、吸血鬼と吸血鬼の国であるバルト純血連合国とは長年敵対関係であった。

 『』の住んでいた村でも『そんな悪い事をしているとハイゼンベルクに喰われてしまうぞ』としつけにおける脅かし目的で名が伝えられており、人間族ヒューマンの子供ならだれもが知っていた。


「四罪公爵の間で後継者を決めておくべきではないかという意見が挙がってね。

 我がプラーレライ家では、人間の子供の中から優秀なものを迎えようという方針に至ったわけだ。

 その結果連れてきた候補生たち、それが君たちだ」

 若干芝居がかった身振りを行いながら、丁寧に言葉を並べていく。

「つまり君たちは、この私が持つ富と権力を相続する権利を得たのだよ」

「僕はいりません」

 子供たちの中でも一番背の高い男子が説明をさえぎった。


「ここには望んで連れてこられたわけではありません、誘拐されてきたんです。偉い立場も服もご飯も豪華な屋敷もいりません、僕たちを元の場所に返してください」

 命知らずな発言だった。しかし、ハイゼンベルクは激怒する様子もなく笑みを浮かべたまま優雅に拍手する。

「よろしい。説明が終わったのち、希望する者は速やかに解放しよう」

 あっさりと許可が下りたことに子供たちの間に戸惑いと喜びの空気が漂い始める。

「その前に告げておかねばならぬことがある」

 しかしハイゼンベルクの言葉は続いた、


「君たちには私の血を与えて種族を下位吸血種レッサー・ゴーンへと変えさせてもらった」

 その言葉に場が凍り付く。

 この世界には他種族を吸血鬼ヴァンパイアにする方法が二つ存在する。

 一つは死体を屍喰鬼グールとして呼び出す方法。もう一つは生きた人間に血を与えて、下位吸血種レッサー・ゴーンへと変化させる方法であった。

 慌てて子供たちが自身のステータスを確認し、そして愕然とする。


「仮に逃げ出したとしても、吸血鬼ヴァンパイアとなってしまった君たちを親は受け入れてくれるだろうか? 仮に受け入れたとしても国が敵対している種族だ、君たちの家族は周囲からひどい迫害を受けることだろう」

 察しが悪かった子供も自分たちの帰る場所が無くなったことに気が付き、中には泣き出す者まで現れた。


「お父さんとお母さんが火あぶりにされても良いのかね?」

 そうなるように仕組んだ張本人だというのに、心配するような声色で語り掛ける。


「つまり、もう私たちは吸血鬼ヴァンパイアの社会で生き残っていくしか道はないんですね?」

 『』が自らがおかれている現状を分析し、言葉にまとめる。するとハイゼンベルクは『』へ視線を移し、現状の受け入れの速さに満足して目を細める。

「なかなか聞き分けの良い子もいるようだ。お嬢さん名前は何という?」


「名前はありません」

 ゆっくりとやつれた顔を上げる、光が宿っていない瞳で男を見つめた。

「お父さんとお母さんは、私が生まれてからすぐにはやり病で亡くなったそうです。孤児院に引き取られても園長先生は『お前』としか名前を呼びませんでした」

 それを聞いてハイゼンベルクは大きく頷いた。

「そうか、では私が名をつけてあげよう」


 形の良いカイゼル髭に手をあて指で毛先をいじる、しばらくして右の眉がピクリと動いた。

「サルチナ。今日から君はサルチナと名乗りなさい」

 サルチナの頭を優しくなでながら、辺りを見回す。

「さぁ、他の子供……いや候補生と呼ばせてもらおうか。今日からここが君たちの我が家になるのだ」

 これが名もなき少女が吸血鬼サルチナとして生まれ変わった時の物語である。


 それからは帝王教育という名の、死と隣り合わせの研鑽の日々だった。

 魔物モンスターと戦えず臆病と判断された候補生、

 学業が他より劣っていると判断された候補生、

 それらは教育の価値なしとして、地下の拷問部屋にて殺処分された。

 百人程いたはずの候補生たちは日に日に数を減らしていき、彼ら彼女らの小さな脳みその中は、他人に弱みを絶対に見せらないという孤独と、次に捨てられるのは自分ではないかという恐怖で満たされていた。


 そんな日々が7年続き、候補生の数も十人を切ったときである。

「サルチナ、少し良いかい?」

 つい先日騎士位吸血鬼ヴァンパイア・リッターに進化したサルチナを、ハイゼンベルクが呼び止めた。

 徹夜の勉強にてひどい目のクマをつくった顔で振り返ると、仮の父親となった男は右手に書簡を持っていた。


「先日我らが落とした国を覚えているかね?」

「もちろんでございます。正式名称をパラメント共和国、アイゼンバーンを首都とし、国王を立てず五人の大臣による議会によって政策を決定するという珍しい政治形態の軍事国家であります。軍事力も富んでおり我ら吸血鬼ヴァンパイアも無視できない敵となっておりました。しかし今回ハイゼンベルク様の奥の手によって……」

 自分は優秀であると思わせて気に入られるため、必死に叩き込んだ知識とおべっかを片っ端から繋げていく。

 ハイゼンベルクは左手を上げて、彼女の話を止めた。


「面白い研究を行っている人間族ヒューマンの女がいるのだが、彼女の監視と研究成果の管理を頼みたい。うまくいけば我が家に大きな益をもたらすのだが出来るかい?」

「やります!」

 どうすれば他の候補生と大きく差をつけることが出来るか、という競争欲で頭の中を支配されていたサルチナは目を輝かせ、受け取った書簡を大切に懐へしまった。

 魔女マーガレット・ディ・ファールハイトとの出会いである。




 それはサルチナにとって未知との遭遇だった。

 マーガレットはサルチナと同じハイゼンベルクの配下という立場にありながら、辛い労働も重い罰もなく悠々自適に生活していたのだ。

 王国の宮廷魔術師達が魔女の技術伝授を拒んだことによって、共罪証明書アンハルト・スクロールや知恵の実などの技術をマーガレットが独占してしまっている状態であった。そのため、ハイゼンベルクは彼女の死によって、それらの技術が永遠に失われる危険性を考慮していた。

 結果として、マーガレットは破格の待遇で迎えられていたのである。

 しかし失敗は即死亡という環境で生きてきたサルチナの目には、魔女の生き方は怠けにしか映らなかった。

 滅ぼされた王国の文官武官が彼女を『怠惰の魔女』と蔑称していたこと噂にて知り、なるほどその通りだとその蔑称で呼ぶようになった。




「どうしても人手が足りないわ」

 ハイゼンベルクに与えられた古城の執務室にて、サルチナは事務作業に忙殺されていた。

「いっそ屍喰鬼グールでも作りましょうか」

 ため息をつきながら次の書類に手を伸ばし……止まる、マーガレットの中間報告書であった。

「あの怠惰の魔女が何かしらの成果を生み出せば、彼女を管理している私は父や他の候補生から一目置かれるはず。

 すべてはうまくいっているはず。大丈夫、大丈夫なんだから……」

 理想の未来を描き、半ば自らに言い聞かせるように繰り返し呟く。祈るように合わせた両手は爪が食いこんで血が流れていた。




 夜神宵奈イレギュラーが彼女と邂逅するのは1か月後の事であった。

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